ニクジュディ

そこのかわいこちゃん、と機嫌を取ると無視された。酷い。 「おーい、ニンジンてば」 行儀よく後ろに伏せられた耳の、片方がぴくりと震える。彼女は素知らぬふり。ニックはしたり顔。 「ジュディ」 次の瞬間ぴんと跳ね上がった片耳にとうとう噴出、響く笑い声に彼女の不機嫌は悪化の一途を辿る。

ニクジュディ

だってお前は馬鹿みたいに素直でお人好しで俺は詐欺師で嫌われ者のキツネで。不釣合いってもんさ。おどけると彼女が足を鳴らした。それから鼻先にキス。キス? 「そうね、私は素直で馬鹿なウサギ」 したたかな瞳が近い。 「あなたを悪く言う奴なんて許さない」 そうして乱暴にネクタイを引かれた。

ニクジュディ

ニックそのまま、と背後から相棒の声が飛んできた。背中貸して、と続くので足を止め、ジャンプ台になりやすいよう少し背を丸める。軽やかな跳躍がくるかと思いきやタックルに近いハグがきた。 「おい!」 彼女は構わずにぐいぐいしがみつく。ああ背中貸せってそういう。ニックはやれやれと空を仰ぐ。

ニクジュディ

経験なんてないであろう予感はしていた。夢ばかり追ってきた経緯もそうだしどう控えめに表現したって彼女は鈍い。そのくせ頑張ろうとするからこのウサギは。伏せた瞼を震わせるジュディの、不安げにひくつく鼻をつまむ。 「無理すんなって」 焦んなくていい。悔しがる耳にかわりに鼻先を摺り寄せた。

ニクジュディ

無線を切った時には既に彼女が走り出していて、あーあ、と後を追う。その正義感もまっすぐで向こう見ずなところも、心底眩しくて頼もしくて、けれどそれだけではいかぬ感情が。いつだって目の届くところにいてほしいのに。 「たく、飛ばしすぎだろあのニンジン」 見失わぬよう。ニックは地面を蹴る。

ジェリズ

ジェーンが湿気ている。リズボンは腕の包帯を直しながら息をついた。 「辛気臭いわね。少し読みが外れただけでしょ」 「違うよ。読みを外して、君に怪我をさせたことに落ち込んでる」 しってる、とリズボンは笑った。 「お詫びに奢られてあげるわ」 何か食べましょ。湿気た空間から彼を連れ出す。

ニクジュディ

少し冷めた考え方とか。時折見せるスマートな物腰とか。忘れがちだが彼は大人だ。 「でも私なんか世間知らずなお子様だし」 キツネじゃないし。愚痴るとニックは声を上げて笑った。 「じゃ人生経験豊富な俺様が教えてやるよ。おまえには俺がぴったりだ」 そう言って子供にするみたいに頭を撫でた。

ニクジュディ

元詐欺師だぜ、とニックが肩を竦めた。 「そう簡単に信用するな」 両手を広げてみせたりいちいち挙動がわざとらしい。馬鹿馬鹿しい、とジュディは足を鳴らす。あなたの嘘ならわかる、と口を曲げる。 「そもそもあなたが私を傷つけるような嘘をつく?」 言い返すとニックが、これだよ、と辟易した。

ジェリズ

信頼するだけ巻き込む形となった。そうしていつか彼女まで失うのではと怖かった。 「でも君ってそういう、人の機微とか無関係だろ」 「何その言い方」 だって一人になろうとするたび彼女は律儀に怒るのだ。 「相棒でしょ。一人になんてさせない」 知ってるよ、と笑う。ジェーンには充分だった。

ニクジュディ

頭冷やすよと背を向けた、その姿に見覚えがあった。淋しげに相棒を降りた彼。自分は鈍感でいつも傷つけたあとにしか気づけない。引き止めて足を止めてくれる、優しい彼なのに。 「ごめん、ごめんなさい、置いてかないで」 嫌いにならないで。情けなく垂れた耳を撫で、彼はしょうがねえなと笑った。

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