ミツ木々
相棒の負傷を伝えにきた主人は不機嫌で、つまり彼のために負った怪我かとあたりをつけて本人に聞くと案の定であった。 「ゼン怒ってたけど」 「まあな、木々も怒るか?」 別に、と木々は息を吐く。 「どうせ私も同じことをする」 だよな、と人の気も知らずに苦味を滲ませる。ずるい男である。ミカとヴァナベル
不敵な笑みを浮かべて雲の向こうを見つめる、その背中にヴァナベルは息を吐いた。 「龍でもいる?」 「さすが、わかってるなヴァナベル」 目を眇めるとミカが怪訝な顔をした。わかるか。 「わかるだろ、こう、疼く感じ」 「わかるわけないでしょう」 彼の眼差しが雄弁なだけだ。勘弁してほしい。CBIのなかまたち
ちょっといい加減にして、と窘める声が応酬の末にはいい加減にしなさいジェーン、という叱責に変わっていた。またか。ヴァンペルトが呆れる。 「見てくださいよジェーンさんの顔」 「すげえ楽しそう」 けしかけて構ってもらって問題児のはしゃぎ様といったら。チョウは我らがボスに深く同情した。ミツ木々
貸していた本をわざわざ夜半近くに返しにきて、相棒はまた明日とのたまう。返却だけなら明日でもいい。木々はじとりと彼を見上げる。 「他に用あるんじゃないの」 「……いや?」 ないよ、としらを切る。へたくそ。 「下心は」 「……あります」 苦く笑う彼に木々は呆れる。野暮な口実である。乱与
僕二十六なんだけど、と愚痴ると彼女が噴き出した。日頃の行いってもんだねェ、正しいが優しさが欲しい。 「ひどいや与謝野さん」 「乱歩さんは格好良いよ。超推理の時なんか何時も惚れ惚れしちまう」 ひょいと気紛れにそんな言葉をくれる。今のもう一回。強請ると彼女は今度こそ声を立てて笑った。クリジル
話したいことが沢山あった。この三年のこと、嘗て上司だった男のこと、新しい相棒や妹のこと。けれど口を開いたその瞬間、出てきた言葉は他の全てから意味を奪った。そうだ、と自覚する。そうだ。だってあの時からずっと。 「――会いたかった、ジル」 ずっと恋しかった。ただそれだけだった。乱与
雨天に往生する人々、その中に買物袋をぶら下げた彼女がいた。 「おや、名探偵殿が直々に出迎えとは」 贅沢なモンだ、笑う与謝野に乱歩は傘を押し付ける。 「駄菓子待ちそびれたんだよ」 「そいつは悪かったね」 かわりに荷物を奪う。子供じみた言い訳を見逃して彼女は有難うねと微笑んだ。ミツ木々
幸せに、穏容にそう言える彼が羨ましかった。俺よりずっといい人と幸せになれる。彼が言うならそうなのだろう。けれど木々は、どうかな、と笑った。 「あんたとの未来しか考えたことなかった」 ミツヒデは何も言わずに、ただ寂しげに笑った。きっとその感情が正しい。たしかに少し、寂しかった。乱与
笑いたきゃ笑いなよ、与謝野が唸る前から乱歩は笑い出していた。慣れぬ嫉妬に彼女の耳は赤い。 「柄じゃないだろ」 「真逆、大歓迎だよ」 勘弁しとくれと縮こまる彼女は普段より年相応にみえて可愛い。年下の強情な女の子。 「恥ずかしいのは解るけど」 そろそろ帽子返して。乱歩の笑いは止まらない。ミツ木々
つまり彼の過保護は純然たる庇護者のそれであった。残酷な男だ、と木々は可笑しい。 「いっそ構わないでくれたらよかったのに」 無茶なことを、と彼が唸る。 「どうしたって心配なんだ」 我慢できたら苦労しない。苦々しげな声に木々は笑い出した。ああ本当に、優しくてなんてひどい男だろう。