クリジル
迫りくる化物が眼前で崩れ落ちて憐れな肉塊となる。やれやれと息を吐きながら空の弾倉を外し、君がいてくれてよかった、と零すとジルがきょとんとした。 「不思議」 そうして彼女は可笑しそうに首を傾ける。 「愛してるって言われるよりずっと素敵に聞こえる」 それも困ると言うと彼女が噴き出した。乱与
頻りに寒くないかと訊いてくる乱歩が珍しく、平気だよと笑っていると痺れを切らした彼が手を差し出してきた。 「僕が寒い」 与謝野は噴き出してしまった。外套から出した手を彼のそれに重ねる。 「手あったかいじゃないか」 「うるさいよ」 不機嫌そうな横顔。潜めた笑いを窘めるように手を引かれた。ジェリズ
神様なんて勿論信じちゃいないけれど感謝はしている。復讐の向こうに生きる意味があったこと。信心深い彼女は怒るかと思いきや、最高だわと言って勝ち誇った。 「神も奇跡も信じないあなたが私を信じてるなんて」 ジェーンは声を立てて笑った。大声で叫びたいくらいだった。君と出会えてよかった。乱与
これ見たかい、乱歩さん載ってるよと新聞を掲げた彼女が隣に座る。ほらここ、と身を寄せ、お手柄だねと微笑む距離に我慢できなかった。まあね、とその唇を奪う。 「云っておくけど」 与謝野は固まっている。 「僕は悪くないよ」 不用意に近付く君がわるい。彼女は屁理屈だと呻いて新聞に撃沈した。クリジル
そういえば、とジルが顔を上げた。 「この鍵どこで?」 ぎくとクリスは顔を引き攣らせる。どう言い訳、いや説明したものか、結局良い手が思いつかずに観念した。 「……少し、手違いがあってだな」 別の船に。ジルが目を細める。 「……ふうん?」 そっとしておいてほしい。クリスは目を逸らした。ニクジュディ
目の前のウサギがきれいに硬直しているのでニックはいたたまれなくなって顔を離した。仕方なく、悪かった、と両手を広げる。 「事故だ事故、今のなし」 すると彼女は大きな瞳を細める。 「なし?なかったことにする気?」 そんなのずるい。ネクタイを引かれて驚いた。まさかウサギに噛みつかれるとは。クリジル
血生臭い思い出ばかりの相棒とダイナーでランチというのも奇妙な体験だった。変な感じだ、と言うとジルが首を傾ける。 「強盗の相談でもする?」 「君パルプフィクションなんて観るのか」 「あなたに勧められたのよ、パンプキン」 そういう平和な頃もあった。年取ったなと言うと今さらと笑われた。乱与
ポオの新作をゆっくり読みたいというのに逐一声をかけられる。新聞見ましたよ、差入れの饅頭が、云々。辟易しているとある一角が目に入った。応接室のソファ、彼女の隣にどかりと腰を下ろす。本を広げる。与謝野は乱歩に視線を向け、何も言わずにまた新聞に戻る。落ち着いた。我ながら名案であった。ミツ木々
ふわと風に舞うブロンドに知らず目を奪われる。木々はそれを片手で抑え、ああそうか、とつぶやいた。 「髪を」 切ろうかな。彼女の目元は晴れやかである。 「せっかく伸ばしたのに」 「そう。せっかく伸ばしたからね」 そうか。そうだった。ミツヒデは口を閉ざす。その意味を持つのは自分だった。乱与
しつこい男に彼女がついにぷつんと音を立てた。切れた。いつ止めてくれるかと当てにしていた敦まで震え上がる始末で、仕方なく乱歩が割って入る。 「そこまで」 ぐうの形をした手を掴む。痛めたらどうするの、諭すと彼女はそれもそうかと手を下ろす。乱歩さんすごい。敦の引き攣った独言が聞こえた。