乱与

死人。鉈。血溜り。へたり込む彼女は返り血に濡れている。気持ちは解るけどさあ、乱歩は呆れた。 「死人解体して意味あるの」 「好きでやってンじゃないよ」 医者の性分さ。本当参るよ。声だけは気丈である。 「仕方ないなあ、僕の出番だ」 本当は面倒だなんて。だって彼女の涙など見たくないのだ。

木々

矢の軌道がすでに中央を射るそれではない。弓を下して木々は目をつむる。脳裏をよぎるのは男の馬鹿みたいに真直ぐな双眸である。この国で一番に好きだと馬鹿みたいに真直ぐな言葉。そんな彼だから木々も誇れる。そうだ、それだけで充分なのだ。 大丈夫。 深く息を吸う。真直ぐを見つめて矢をつがえた。

乱与

着信を取ると出張先での寝坊を案じた与謝野からのモーニングコールだった。起きてるよと何気なく窓を見遣る。硝子に映る自分を見て驚いた。 「僕、思ったより君が恋しいみたい」 おやと彼女が笑い出す。 「妾も乱歩さんが恋しいよ」 土産話期待してるよ、彼女の声を聞く自分は随分楽しげだった。

クリジル

世界の破壊など止められやしない。何が英雄だ。ドッグタグを握り締める手に、ふと白い手が添えられた。 「あなたはヒーローじゃない」 銃なくすし、とジルが笑う。 「ひとりで世界を救うなんて無理よ」 何のために私達がいるの、彼女の言葉が心に寄り添う。わかってはいる。それでも戦うしかないのだ。

乱与

ゆらゆら浮上する意識を気だるい睡魔が引き戻す。まだねむたい。むずがる与謝野の髪に触れる手があった。まだ寝ていたら、焦がれる彼の声。なんだか素敵な夢を見ている。うつつでないならと心置きなく彼に擦り寄る。 夢じゃないんだけど。 耳に届いた声はけれど沈みゆく意識の深くまでは届かなかった。

クリジル

結局どういう関係なんですか、穏便でない部下たちの視線に窮しているとジルが軽やかに頬にキスをした。え、と固まるクリスをよそにこういう関係、と片目まで瞑る始末である。 「本当か」 「さあね」 どう思う、と頬をつつかれる。勘弁してください。辟易した部下たちが溜め息混じりに散っていった。

乱与

美しい瞳からこぼれるそれはきっと美しいに違いない、それなのに彼女は綺麗な涙を両手で隠してしまうのだ。どうして、と乱歩はその手に触れる。 「み、ないで」 「与謝野さん」 「みないで、乱歩さん」 どうして。美しい涙もその理由も彼女は分けてはくれない。そんなの苦しいに決まっているのに。

ミツ木々

セレグの内で真しやかに立ち始めた噂のおかげでミツヒデの冷汗は止まらない。振ったとか振られたとかそういう話でなくて、そもそも重要なのはそこではなくて、と試みる弁解の末路は呆気なかった。 「私を振った話?」 「ちょっ……」 「どうぞお構いなく」 方々から刺さる視線が痛い。勘弁してほしい。

クリジル

ひどい夢を見る。届かぬ慟哭のむこうに広がる殺戮や断末魔。彼らをこの手にかけるもしもの光景。 「大丈夫だ」 震える体を抱きしめてくれるこの腕をなくしていたかもしれないのに。 「全部悪い夢だ」 彼はやさしい嘘をつく。怯えた心は嘘と言える勇気もない。ジルはその優しさに縋って目をつむる。

乱与

酔った女性が部屋に男なんて上げるものじゃない、意味を持たぬ説教に彼女は乱歩の肩口で笑うだけだ。乱歩さんだけにきまってるじゃないか。そうして笑い声はやがて寝息に変わる。人の気も知らずに。これだから酔っ払いは。 「わりと君次第なんだけど」 けれど相手が素面の時に言えぬ自分も自分である。

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