ミツ木々
ひとつの感情を終わりにして、それでも彼女は綺麗に微笑む。その心も誇りも美しい。胸の詰まる思いで木々を見つめる。何であんたが泣きそうなの、彼女は呆れるが知りようもない。 「泣いたら相棒でいられなくなるか」 「あんたが泣く分にはいいんじゃない」 ずるいと笑う、彼女の強さが羨ましかった。乱与と受難の敦くん
とんと肩に重みがかかって敦は震えた。恐る恐る首を巡らせると蝶の髪飾りがすぐそこにある。いいにおい。いや違う。救いを求めて顔を上げると太宰はにやついて助け舟など出す様子はない。国木田は見て見ぬふり。本気か。視界の隅、両目をばっちり開いた名探偵の圧力が凄くて到底目など合わせられない。ジェリズ
何を今さらとリズボンの答えは早かった。後悔なんてしてるに決まってる、彼女は飽きもせずに十年近く積み上がった苦情を並べ立てる。 「君ほんとに僕と結婚する?」 「私にも理解できない、それでもあなたがいいんだもの」 仕方ないでしょう。居直る彼女にジェーンは負けたよと両手を上げた。乱与
振り向いた矢先に頬を押さえられて乱歩は面食らった。間近に覗く菫色の瞳がついと細められ、寝不足、と顔色を咎められる。 「接吻でもしてくれるのかと思った」 「おや、じゃあ期待に応えようか」 やわらかい唇が触れた先は頬だった。ぬるいなあ、と乱歩は満足げな彼女を引き寄せる。クリジル
同僚も上司も部下も容赦なく化け物に食われ斃れていく、酷い戦いばかりの中で彼女はずっと隣にいた。何にも揺るがぬ絆があると、クリスはその時まで愚かにも信じていた。 「今更それを言うの?」 ずるい、と彼女は泣きそうな顔で笑う。告げた言葉はそれだけで確かな関係をひどく不安定なものにした。木々とヒサメ
失恋らしくないのが君たちらしいけど。蒸し返すと彼女は相手が彼ですからと動じない。その一言で済むあたり羨ましくもあり不憫でもある。 「まあ、一応僕も控えてるってこと」 けれど彼女の心は何処へ。 「覚えててもらえると嬉しいかな」 彼女は少し驚いたのち、ずいぶん謙虚になりましたねと笑った。乱与
深夜の訪問に驚いて部屋に入れるとあっという間に組み敷かれた。へべれけの名探偵。酒は苦いと言って滅多に飲まぬ彼が。貴重な双眸は熱に浮かされ、酒の勢いなんて御免だと訴える口は酒臭いそれで塞がれた。まずい。 「よさのさん」 低く掠れた声が耳朶を震わせる。嗚呼。駄目かもしれない。ミツ木々
そもそも俺なんかが木々の隣なんて、と自身を卑下する精神はひとつの美徳かもしれない。けれど。 「いくらあんたでも」 彼と主人が信頼を置く、自分の目に偽りなんてない。 「なんか、なんて許さない」 出自も立場も関係ない。決まらぬ顔ですまんと告げる、馬鹿みたいに実直な彼に惹かれたのだ。乱与
徐にカーテンを引いた彼が、しい、と言葉を封じる。こんなところで何を。文句は扉の音に咄嗟に飲み込んだ。あれ女医いないねと太宰の声が聞こえる。絆創膏で充分です、敦の引き攣った声。引き攣っているのは与謝野も同じである。衣擦れひとつ許されぬ状況下、近い距離でにんまり笑う男が理解できない。クリジル
別に、とジルは腕を組む。別に今さら彼の性分についてとやかく言うつもりはない。装備を落とそうが雪道を滑り落ちようが生還できるならそれでいいとも思う。けれどそろそろ学習してくれてもいい。 「で?残ってるのは?」 「ナイフ」 よりによってそれか。生ける伝説とやらの肩書きが不憫でならない。