ミツ木々
賭けようかと持ち出したのは木々である。およそ彼女の口から出てくるような言葉ではない。なんて、とミツヒデは聞き返す。 「私を振ったこと後悔するかどうか」 とんだ提案をしてくれる。 「俺はどっちに賭ければいいんだ……」 「好きにしなよ」 私は後悔するほう、と彼女が笑う。勝てる気がしない。乱与
この感情を知っているかい、乱歩は滔々と語る。君といると楽しくて独り占めだってしたくてだけど時折すこし不安で。 「で、答えは出たのかい」 「実に難解だけれど」 自慢の眼鏡は懐に仕舞ったまま。彼は鷹揚に笑うのだ。 「これが恋だといいなと思うんだ」 呑気なものだ。与謝野は声を立てて笑った。クリジル
おはようと爽やかに挨拶を交わすつもりが言いきる前に両頬を抑えられた。振り向かされた先でジルが目を眇めている。何だ。何か機嫌を損ねたか。 「久しぶりに会った気がして」 「ああ」 言われてみると確かに。 「ただいま」 不自由な呂律にひとしきり笑って、おかえりなさいと彼女はやっと微笑んだ。乱与
本当は起きていたけれど今少し寄り添う口実がほしくて、彼が肩を貸してくれている現状に自惚れたくて、身を預けたまま寝息を装う与謝野の耳に事務所の扉の音が届く。賑やかしい声。潮時かと身を起こすより早く。 「まだ寝てるふりしてたら」 彼が囁く。なんという誘惑だ。緩む頬を慌てて引き締める。乱与
だって太宰は手がかかるし国木田は口煩いし社長は歳が離れすぎてる、つらつら並べ立てる乱歩が、だから僕が丁度いいよと告げる。君をすきなのは僕だし。危うく噴き出すところだった。 「野暮な人だね、最後の一言で充分なのに」 え、そうなの、本気で聞き返すので与謝野はとうとう声を立てて笑った。乱与
ちょいとそこのお嬢さん、上機嫌に呼びかけると彼女は何だい気色の悪い、と楽しげに振り返る。遠慮の要らぬ会話がいつだって心地よくてつい笑うのだ。無害ぶって笑う。けれど彼女があまりに呆気なく距離を詰めるので。乱歩はその頬を引き寄せて笑った。 「油断しすぎ」 もちろん牙を剥く時だってある。ステチェ
心臓が鳴りすぎて吐きそうだ。彼の右手は意外と温かい。チェインは幾度も消えるなと自身に言い聞かせて踏みとどまる。 「ええと、チェイン」 無理してないかい、と問われて首をふる。お構いなく、引き攣った声に苦笑する気配がした。温かい左手。この体温を希釈させてしまえばきっとしぬほど後悔する。ジェリズ
お茶でも淹れようかコーヒーでもいいし、ドーナツもあるけどどう、とジェーンはこまごまとリズボンの機嫌を取る。もとよりその方面に関してそつのない男である。お願いだから、とリズボンは根を上げた。 「お願いだから放っておいて」 細かすぎて鬱陶しい。はい、と退散する彼の背中が少々不憫だった。乱与
夜闇に溜息がにじむ。緩慢に起き上がる白い背中を眺めながら、後悔してる、と乱歩は問うた。振り向いた彼女は少し寂しげな顔をする。ただの同僚にはもう戻れない。 「アンタはしてるのかい」 いいやと応じる。どうせいつかはこうなっていた。きっと渇望していた。妾もさ、彼女はけぶるように笑った。ミツ木々
伝えることがある。謝ることもある。信頼と親愛と誇りと、その関係に固着して大事なものを見失うところだった。きっと後で散々に笑われる。構いやしなかった。 「木々!」 間抜けも卑怯も承知だ。聞いてほしいことがある。真直ぐな眼差しを受け止めて、いいよ振ってあげる、と彼女はきれいに笑った。