クリジル
ぱたぱたと瓦礫が濡れてゆく。雨ね、と彼女が呟いた。かすれた声だ。ああとクリスは痩躯を支えながら応じる。だらりと垂れ下がった腕から血が滴り、雨に紛れて瓦礫を汚した。からだが重たい、彼女が愚痴る。当たり前だ、クリスは唇を噛み締めた。 「死ぬな」 雨が落ちる。泣かないでと彼女がわらった。乱与
慟哭がきこえる。呪いの言葉。なじる声。救いそこねた命が許さぬと与謝野に過去を突きつける。眠りたくない。教えておくれ、名探偵。妾だけ生きていていいの。吐き出した言葉ごと彼は抱き留めてくれる。わからないよ。でも。 「生きていてよ」 与謝野さん。彼のほうがずっと泣きそうな声をしていた。ジェリズ
現場なら僕が行くと言うとそのほうが怖いと本気で顔を顰められた。私の目の届かない所で何をしでかすかわからない。届くところでさえ散々やらかした自覚のあるジェーンは両手を上げる。 「余計なことはしない。誓うよ。だから頼むから」 休んで。彼女の破天荒な仕事ぶりはきっと腹の子に刺激的すぎる。乱与
日頃凛と煌めく紫の瞳をしぱしぱ瞬かせて、彼女は起きるのだと言い張った。本気、と乱歩は一応問う。どう考えても二度寝を選んだほうが互いに幸せであろう。 「乱歩さん、が、おきるなら」 起きないと。輪郭をなくした声に成る程と唸る。午前七時。僕は君と二度寝、あやすとついに彼女の瞼が陥落した。ミツヒデとオビ
散々思わせぶりをはたらいてこの仕打ち、とオビが息を吐く。超貴公子の名が泣きますと古い話まで持ち出すので心外だとミツヒデは呻いた。むしろ自分なりの誠意であった。 「それ本気です?ああ、可哀想な木々嬢」 しみじみとその名を出さないでほしい。超貴公子関係ないだろとミツヒデは落胆した。乱与
ふさいだ唇の合間から、彼女が懸命にだめだと訴える。待ってと苦しげに縋る。乱歩は知らぬふりをしてその唇をさらに追う。かくんとくずれた彼女の体が医務室の扉にぶつかった。 「だめだったら、らんぽさん」 ああまったく彼女はなんて愚か。そんな甘く懇願されたところでどうにもなりやしない。乱与
花札に誘ったのは乱歩だったが何を賭けようかと持ち出したのは与謝野のほうである。不敵に腕を組む彼女に一応、うーん、と悩むふりをする。 「与謝野さんかな」 おや粋なことを、与謝野が笑った。したたかなその瞳をどうして歪ませてやろう。乱歩は獰猛な眼光をいつもの笑みに潜めて札を取る。乱与(元ネタはWS)
尾行の露呈を危ぶみ、咄嗟に取った行動は乱歩を引き寄せるという酷い窮策であった。触れた唇。瞬時に察して腕を回してくれるあたり流石だ。悪い、と唇を離すと彼はいいよと目を細める。 「いいけど、覚えていなよ」 低く囁かれて身が竦んだ。彼はさっさと仕事に戻ってしまう。とんだしっぺ返しである。乱与
美しい黒髪が靡く、菫の瞳がふとやわらぐ、紅い唇が微笑む、彼女の一つ一つを眺めることが好きだった。此方を向かずとも構わない。だって呼べば振り返る。なんだいと笑う。乱歩は自分を嘲笑う。 「嗚呼、駄目だ、駄目に決まってる」 純情の皮を被った獣が牙を剥く。当然の欲望だった。彼女がほしい。乱与
もとよりこの世界に大きな期待などなかった。乱歩の世界は綺麗に形を成していて、そこに福沢がいて、それで充分だった。 ひらりと一頭の蝶が舞い込む。金色を纏い生に輝く、それは鮮烈な色だった。 閉塞された世界が崩れゆく。この世界は知るよりずっと美しいのかもしれない。乱歩は瞳を眩しく細めた。