アルアニ

応えぬ彼女を眺めながらアルミンは夢想する。彼女を此処に繋ぎ留めたのは自分で、今のまま彼女は充分に美しくて、何の問題もない、と歪な我欲に言い訳をする。ふたりの世界。けれど完璧な世界には一つ足りなくて、やはりアルミンは彼女との邂逅を望んだ。記憶を辿る。彼女の声が上手く思い出せない。

相ジョ

助からない、救護側の声が聞こえた。助からないか、と自身の手を眺める。血濡たグローブ。届かぬ手と足りぬ力。その腕を取られた。 「イレイザー」 「ヴィランは片付いたんだろ」 笑ってなくていい、折れそうな心と身体に彼が寄り添う。感情の遣り場が見出せない。悪いなと応じて拙い優しさに縋った。

乱与

彼の言葉はいつもの通りに突拍子がなくて、やめよう、とその声は高らかだった。同僚も友達もやめよう。 「困ったね、何もなくなッちまう」 声が震えた。まるでもう要らないと彼に言われているようで。 「そう?僕はあるけど」 君はないのと笑う。密やかに息づく感情を晒して、彼は与謝野の手を取った。

アルアニ

聡明なその瞳に少しくらい動揺の波を走らせてみたくて、嫌いだと口にしてみたが嫌いかあ、とアルミンは鷹揚に応じるばかりで話にならない。 「そういうところだよ」 「うーん、本気なら少しは考えるけど」 本気なの、念を押す声がすでに遊んでいる。嘘だよとげんなり吐き出すと知ってると笑われた。

乱与

薄暗い世界を彩るのは繰り返す血の色ばかりで、いつしかそれにさえ慣れた与謝野の瞳に彼の翡翠色はひどく眩しかった。 「僕も同じ、この世界は確かにこわいよ」 不思議だ。言葉と裏腹にその声は随分柔らかい。 「だけど優しいことだって沢山ある」 安心して笑うといい、彼はまるで手本のように笑った。

乱与

飄々と掴めぬその瞳に少しくらい動揺を映してみたかっただけだ。彼の指が腕に食い込む。細身に見えて乱歩の手は存外力強い。怖気づく与謝野に笑う、その面貌はたしかに何時も通りだけれど。 「けしかけたのは君だろ」 こんな瞳をするだなんて知らない。獰猛にぎらつく瞳がまるで知らぬ男のようだった。

乱与

名探偵の目は誤魔化せない。無傷が逆に不自然だと問い詰めてくるので致命傷を負ったと白状すると、彼はやっぱりと言って顔を顰めた。 「だから君って危なっかしいんだ」 医者が無茶するな、憤る彼に与謝野は破顔した。ごめんねの代わりに有り難うと言う。乱歩は顔を背けて気をつけてよねと釘を刺した。

ミツ木々

誇りと呼んで美化された、彼女との距離が今ばかりは疎ましい。 「おまえが幸せなら」 長い時間を共に過ごしただけその言葉がむなしく響く。嘘が下手な自分と鈍くいられぬ彼女だ。どちらかがうそつきと言えたらよかった。美しいだけの言葉に潜ませた愚かな本音も知って、彼女はありがとうと笑った。

相ジョ

何度目かもわからぬ台詞を口にして、彼女は冗談とも本気とも言わずに相澤の顰め面を楽しんだ。愛してるぞと不用意に笑う、無邪気な声に苛立つようになったのはいつからだろう。もういい聞き飽きた、相澤は匙を投げる。 「言うからには腹括れよ」 引き攣った彼女が笑えないとのたまう。どの口が言うのだ。

相ジョ

事務所が近くて歳が近くて同じ教職に身を置き、腐れ縁と気軽に呼んだ関係もどうやら終わるようだった。おまえは知らないが、と彼の声はまるでいつもと変わらない。 「俺のとなりはおまえがいい」 不愛想な瞳、けれどその言葉のなんと似合わぬことか。 「私も愛してるぜ」 同じだよ、と福門は笑った。

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