アルアニ
残された時間と彼女の時間、未来のことを考える。海があった、世界はずっと広かった、夢は現実で、現実は夢よりもずっとひどい有様で、そうして彼女と歩む未来はきっとない。もしも、とアルミンは犠牲のない世界を思う。 「君といられる世界があれば」 傍にいたかった。愚かな願いは地下の闇に消えた。アルアニ
地下のくらい空間にひとり静かに眠る彼女を見て、そうして彼女を陥れた無力な自分を思って感情の行く先をさがす。かつて彼女のやさしさを見つけた瞬間、女型をあばいた瞬間、自分だけが抱く彼女への執着と葛藤。 ああ、二度と御免だ。 果たして人々は、文献は、記憶は。この感情をなんと呼ぶだろう。乱与
眠ってなお過去の地獄を味わう追体験に執着などなく、悪夢以外に知らぬ与謝野に乱歩はふうんと鼻を鳴らす。続きを願ったことはないの、彼は真面目くさって問う。 「……いま?」 「何云ってるのさ」 今は夢じゃないだろう。呆れ交じりの声が脳髄にじんわり染み込んで、そうだね、と与謝野は笑った。相ジョ
面白くもない冗談に減らず口、いつも以上にやかましい彼女をとうとう見かねて相澤は何があったと訊いた。あれ、と彼女が首を傾ける。その瞳の揺らぐ瞬間をたしかに見た。 「私、笑ってるよな」 自身の頬を摘む、空々しい仕草もまるで意味を成さない。へたくそ、と相澤は不格好な表情ごと引き寄せる。アルアニ
煮え切らぬ距離にどうでもいいと吐き捨てて、アニはやぶれかぶれになって彼の胸倉を引き寄せた。え、と腑抜けた声が聞こえる。本当にどうでもよかった。 「ほんとくだらない」 立ちはだかるのは互いの引け目か。葛藤か。賢すぎる頭と利口ぶる理性がもどかしい。くそくらえ、と彼の唇にかみついた。相澤とマイク
少し丸くなったか、何度目かもわからぬ詮索に嘆息して、尖った覚えがないと応じると冗談と思われたようで笑われた。無遠慮な笑い声。他人に踏み込まれることなど不快でしかなかったというのに。 「毒されてるな」 「ほだされてるの間違いじゃねえの」 まだ笑っている。しらん、と相澤は沈黙を守る。乱与
気をつけてよね、と名探偵はどうにも衣装が気に入らぬようで刺々しい。何があっても暴れないこと、無茶しないこと、足技なんてもってのほか、まるで日頃の我が儘のように彼は一息に言い募る。 「というか僕に心配させないこと!」 与謝野は吹き出した。はいはい、と取りなすように彼に手を差し伸べる。アルアニ
自分のようで自分でない、ひどい世界で藻掻いて生きた記憶が邪魔だった。笑う彼が脳裏の影と重なる。彼に焦がれる心と記憶を取り違えているようで、同じほどに彼の瞳に映る自分が不安だった。 「僕にとって記憶は記憶でしかないけど」 「気楽でいいね」 そんな君がすきだよと。彼は簡単に口にした。リヴァハン
物騒な面だと言葉少なに指摘されてハンジは辟易した。あなたほどじゃない、無造作に突き返した台詞にも彼はこれが普通だと白々しい。 「お前までそんな面じゃ落ち着かねえ」 「じゃあ訊くけど」 私の普通ってどんな。泣き言じみた声だった。彼は深く息を吐いて、寝ろと聞かぬふりをして頭を叩いた。クリジル
いつだって救う命より手の届かぬ命のほうが多い。背負いきれぬほどの命をそれでも背負う、彼女の肩を叩くたびにその薄さを思い知る。 「いっそ責めてくれたらいいのに」 英雄ともてはやされ、その代償に彼女は泣くことも許されない。充分だろうとクリスは息を吐く。慰めにもならぬ、無力な言葉だった。