Chantant et doux
ずいぶん冷え込むようになった。
陽の高いころは季節の移ろいもさほど実感しないが、いっぽうで朝夕、とりわけ陽が沈んでからの変化が顕著になってきた。はあ、とミツヒデは宙に息を吐く。白く霧散する呼気にひとり満足して、訓練場へと向かう足を少しだけ早めた。思えば夜が深まるのも早くなりつつある。気づかぬうちにまたひとつ季節が変わろうとしているのだ。
訓練場ではひとつの影が剣を振るっている。
こんな時間まで鍛錬に勤しむ姿勢には素直に感心するが、そろそろ時期と気温を考慮したほうがいい。
「木々ー、その辺にしとけよー、風邪ひくぞー」
木々が視線を寄越す。
暑さに参っている姿は何度か目にしたことがあるが、寒さに関しては頓着しないようで彼女の動きは軽やかだった。これからの時期、動きの鈍る兵も少なくないと聞くが彼女は無縁らしい。あの華奢な体つきでは見ているほうが寒々しいが。
「わざわざ呼び戻しにきたわけ」
「いや、様子見に来るだけのつもりだったんだが、思ったより寒くてなあ」
「別に、風邪なんてひかないけど」
「わかってるよ。俺が心配なだけだ」
戻ろう、と促す。黙した木々がやがてほだされたように息をついた。
剣を戻した木々がおとなしくミツヒデのもとへ足を向ける。心なしか上気して色づいた頬が目に入り、似合わぬあどけなさについ手を伸ばしてしまった。
「うおっ、冷た」
「……ちょっと」
頬を包まれた木々は当たり前だが物言いたげである。
文句のかわりに突き刺さる剣呑な視線を笑ってかわし、その場でただ体温をやりとりする。冷たい頬とぬくい手のひら。しばらく黙然とミツヒデを睨んでいた木々が、ふ、と諦めたように目を伏せた。
「……大丈夫だって、これくらい」
ふわと白い吐息が霧散する。
ミツヒデの手に木々のそれがやんわり触れた。その指先など到底体温を持っているとは思えず、どの口が言うんだ、とミツヒデは苦笑を滲ませる。
触れた手で今度は彼女の手をとった。
「あのなあ。むやみに体冷やすものじゃないぞ、女性は冷えやすいんだろ」
「はいはい」
流しながら木々は可笑しそうにしている。
「私をそんな風に扱うのはあんただけだよ」
どこか呆れた口振りである。ミツヒデは表情に困った。
だって木々は女性で、大切で、心配するのも過保護にするのもミツヒデにとっては当たり前なのだ。仕方ないだろ、と訴えるが木々は他人事のように呆れている。呆れられたって仕方ないものは仕方ない。
「心配してるんだって」
「わかってるよ」
息を吐くように笑って、包んだ掌の中、わずかに体温を取り戻した指先が緩む。
「あんたが温かいから大丈夫」
彼女にしては珍しい物言いに、ミツヒデは不覚にも数秒ほど固まってしまった。
木々を見つめる。冗談、と彼女が自白するので、だよなとミツヒデは脱力した。
「……というか、そういう問題じゃなくてだなあ」
冷やすなというそれが一向に伝わらない。
木々は涼しい顔でミツヒデの苦言を受け流した。息が白い、と呟く彼女の声にふしぎと体温がともる。似たところに季節を見出しているのが可笑しくて、戻るぞ、とミツヒデは笑った。
(2012/11/22)
なぜか煩悩納めのほうが恒例化したため近年書かなくなった1122ネタ。筋力あると思うので言うほど冷えなさそうだけど体温低めな木々嬢が好みです。