さきわう道に花を添え
 城の敷地の外れ、馬小屋までをたどる、殺風景な道すがらに花をみつけた。  人の足と、馬の蹄、馬車の車輪でかたく踏み固められた地面に、根をはってしっかりと背を伸ばしている。名も知らぬ野花だ。  なにもこんなところで咲かなくともいいだろうに。  木々はその時たしか呆れた。羨望に似たものも少しあったけれど、それがいったい何に根付く感情なのか、答えが出ぬうちに隣の男が笑っていた。 「木々みたいだ」  軽やかな口説き文句。背景に馬小屋。木々は野花よりも彼のほうに呆れた。  いまいち決まらぬ男をはいはいと適当にあしらって、それきり野花のことなどすっかり忘れていた。 ***  花は力なく横たわっていた。  先に気づいたのは木々のほうだ。あ、と声を上げると、隣から、ああ、と残念そうな声が連鎖して、ミツヒデが無惨な花のもとに屈み込む。  最初に見かけた時は夏の終わりごろだった。  今は季節の移ろう、秋の入り口。  むしろよく粘ったものだ、と木々は感心しながら、ミツヒデの隣から覗き込む。 「潰されたかな」 「いや、枯れたみたいだな。このあたりは陽射しも強かったから」  ミツヒデがくすんだ花の残骸をすくう。指先がかつての花弁を労うように撫でた。たかだか雑草への感傷が実にこの男らしくて、表には出さないが木々は可笑しかった。 「あんなにまっすぐ咲いてたのに」 「木々にそっくりだったなあ」 「枯れた花に例えられてもね」  ほろりとくずれた花弁が地面に落ちる。みずみずしさの欠片もない、そうしてそのまま、実直に土に還るであろう花の名残に、木々は思いを馳せる。  何もこんなところで咲かなくとも、と呆れた、いつかの思いが図らずもミツヒデの言葉と重なった。たしかに自分に似ているのだ。剣を振るい、この身に傷を受けて、何もそんな生き方をしなくとも、と。  場所をいとわず、滑稽でも呆れられても、まっすぐに背筋を伸ばす。木々もそれに近い生き方をしてきた。  まっすぐ生きて、強い陽光を一身に受け、この花は力尽きたのだろう。  木々は他人事のように、この花が哀れで、そうして羨ましかった。 「私も小さい頃は、まっすぐ背中をのばして、まっすぐ歩いて、そうやって生きることが当たり前なんだと思ってた」 「ああ、木々らしいな。会ったばっかりの頃もまだ少しそういう感じだっただろ」 「そうかもね。あのまま生きてたらこの花みたいに枯れてたのかも」  守ることも守られることも知らなかった。自分の持つものは自分の身ひとつと決めつけて、世界を狭めて、それでも生きていけると思っていた。あの頃の自分は今よりもずっと強くて、今よりもずっと愚かだ。 「今は違うのか」 「そんなのあんたが一番わかってるでしょ」  そうか、とミツヒデが笑う。優しいひだまりのような笑いかた。この男は出会った頃からなにひとつ変わっていない。  強い陽射しも、向かい風も、まっすぐ立ち向かうことしか知らなかった木々に、守ると言ってしなやかな強さをくれた。木々はあれからひどく息が楽だ。 「……変わったなあ、木々」 「そうかな。あんたは変わらないね」  ともに経た時間は思えばずいぶん長い。木々はたしかに変わったし、この男はずっと変わらないままでいてくれる。形をかえたもの、名前をかえたものもいくつかあって、それでもミツヒデは、笑いかたも、その優しさも、ずっと変わらない。 「もう枯れないか?」 「まあね」  深い包容と優しい包容。  この男の陽射しはいつだってあたたかい。 「あんたがいてくれれば」  ミツヒデは面食らったような顔をして、やがて、じんわりと相好を崩した。少し困ったような笑いかた。込み上げる感情を噛み締める時の顔だ。  立ち上がったミツヒデが木々の手をとる。やわらかい光をなくさぬ双眸が、まっすぐに木々をとらえた。 「……俺が最近、どれだけ浮かれてるか、わかってての台詞だろうな、それは」 「さあ」 「俺はこれからもずっとおまえと生きるつもりだぞ」  誓うのは改めてにするけどな、とのんびり笑うミツヒデに、木々はやはり呆れて笑った。  馬小屋が背景では決まる台詞も決まらない。  こういうところが実に彼らしい。ここまで変わらぬままか、と木々は逆に安心してしまった。 「改める前に父上が待ってるんだけど」 「……あー、だよなー」 「今ごろ仕事になってないと思うけどね」 「はっ……ていうか待たせるわけには……」  途端に落ち着きをなくしたミツヒデの手を、木々はすこしだけ握り返した。たまにこうして情けなくて、そのくせ自分よりも自分のことを大切にしてくれる、大きな手だ。  気付いたミツヒデと目が合う。ミツヒデは力を抜くようにわらって、行こう、と木々の手を引いた。  その背中に目を細める。笑ったのか、眩しかったのか、木々にもわからなかった。どちらの感情でも同じことのように思えた。  おそらく彼と同じ、ただひとつの感情を噛み締める。  彼に手を引かれ、彼と同じ道をまっすぐに歩きながら、温かい胸の内のまま、木々は綻ぶようにわらっていた。
(2013/11/22)
読み返してびっくりしたんですけどわたしめっちゃいい文章書きますね。1122かんけいなくない?
咲きわう道、幸う道、どっちでもよさそうと当時のあとがきに書いてありました。どっちでもよさそうです。SuperflyのWildflowerを聞きながら書いたのと最後のほうは死神の精度(小説)だったと思います。

back