Easy Winners
 木々が上乗せしたチップの量、自身の手札、そのまま木々の表情および動作をじっと窺ってから、フォールド、と彼はゲームを降りた。 「弱気だね」 「潔いと言ってくれ」    どうかな、と木々は肩を竦める。  皿の上ではチップの代役を務める小さな菓子たちがじっと何かを訴えていた。食べ物で遊ぶな、と躾けられたのはずいぶん昔の記憶だが、刷り込みのようなそれもあってなんだか背徳感がある。  どうせ後日ミツヒデが処理する。ゲーム上必要だっただけで木々は特別甘味は欲していない。  ツーペア、とミツヒデがテーブルに手札を広げるので木々もカードを広げた。役にならぬハイカード。ミツヒデがうわ、という顔をする。 「勝てたな。騙された」 「ポーカーには付き物でしょ」 「さっきは見破ったんだがなあ、そう連続で上手くはいかないか」  まずもって木々のブラフを見破る人間などそういない。まぐれか、などとぼやくミツヒデはそれでも機嫌が良さそうでグラスを煽っている。  木々はチップを回収すると、こちらもグラスを取ってゆったりソファにもたれ直した。二人掛けのソファを占領している形なのでなかなか快適だ。行儀が悪いとわかっていながらブーツを脱いで足まで上げていて、チップの件もあってマナー違反ばかりだ、と少し可笑しい。 「でも昔よりはだいぶましになったんじゃない」 「ああ……、最初はひたすらゼンと泥試合だったもんな」 「ゼンはすぐやらなくなったけど」 「性に合わんとかでな。よかったよな、一国の王子が暇つぶしに兵たちにポーカー挑むようなことにならなくて」  言えてる、と木々は頷く。その場合怒られるのはまず自分たちであろう。 「まあ木々の相手でも似たり寄ったりか……ていうかどこで腕磨いたんだ?」 「別に。運とセンスの問題でしょ」 「そういうものか」 「あんた引き悪そうだもんね」  グラスを置いてテーブルに広がるトランプを集め、木々は慣れた手つきでカードを切る。言うなって、と苦笑しながら、ミツヒデはからりと氷の音を立ててグラスを煽った。  そろそろ日付を跨ぐ頃合いである。執務室に置き去りにされた書類を届けにミツヒデの部屋を訪れ、思えばそれなりに時間が経過している。  当初の予定では書類を渡して帰るつもりだった。それが、明日が休みなのをいいことに、一杯付き合えとソファを勧められて小一時間。テーブルの端に置かれたトランプを何気なくいじっていた木々に、相手してくれとミツヒデの気まぐれからポーカーが始まり、かれこれ三十分と少し。  金銭を賭けるわけにはいかないので菓子をチップに。健全たるゲームは大きな盛り上がりこそ見せないものの、夜更けの会話とアルコールを促すには充分だった。 「あ、でも一回だけストレート出したことあるぞ」 「ちゃんと切れてなかったんじゃないの」 「おまえな……」  軽口を叩きながら切り終えたトランプをテーブルに起き、またグラスを取って口をつける。どこから調達してきたのか知らないがこれで三本目だ。二本目は辛すぎて木々には到底飲めたものでなく、少しも減らないうちに気づいたミツヒデが違う酒に取り替えた。どうでもいいがその目敏さをゲームにも活かせないものか。 「実際やってるとロイヤルストレートフラッシュなんて奇跡中の奇跡だな、オビはなんか出しそうだが」 「まっとうにゲームしてたら揃わないよ、あんなの」 「木々は?」 「一回だけある。イカサマされたからやり返した」 「不健全だな……。ていうかイカサマなんかどこで覚えたんだ」 「昔ね。あんまり上手くはないけど」  まだやるのかと目で問うと、答えるかわりにミツヒデがトランプに手を伸ばした。まだやる気らしい。 「教えてあげようか、イカサマ」 「おまえ、結構酔ってるな?」  ミツヒデが笑いながら指摘する。そうかもしれない、と木々はソファの上で足を組んだ。自分にしては口数も多く、普段より幾分うわついている。ただそうと自覚できるほどには冷静なつもりだった。 「いいよ、俺は。まっとうにゲームを楽しむよ」 「何も賭けないのが賢明だね」 「……否定はできないな……」  そもそもトランプが置きっぱなしになっていたのも、オビと飲んで今と同様の展開になったためだという。その時はポーカーでなくラミーだったというが、どうせ惨敗を喫したに違いない。  ミツヒデが手際よくカードを配る。木々はそれを眺めながら、このゲームで最後にしよう、とグラスに口をつけた。酒は嫌いではないし彼との空間も嫌いではないが、ずるずる居続けてしまってどうにもいけない。  何かしら伝わるものがあったのか。ふいにミツヒデが視線を向けた。 「もうひとつ賭けるか」 「は?」  残りの山をテーブルの中央に置くと、彼は自身のカードでなくグラスに手を伸ばす。木々の手札もまだテーブルに伏せられたままだ。今の流れでまさか何か仕込んだわけでもあるまい、どういう風の吹き回しかと木々は目を眇める。 「いや、いい感じに酔ってきたことだし。次俺が勝ったら夜番変わってくれよ」 「何それ」 「戦利品は一晩分の臨時休暇ってとこで。悪い話じゃないだろ」  木々が勝ったら俺の一晩な、と勝手に話を進める。別段分の悪い勝負でもない。まあいいか、と木々は伏せられていた手札を取る。 ***  最初のベットで降りたら笑い話になるな、と多少期待していたが、さすがに彼もそこまで不粋ではなかった。皿の上では双方がベットした菓子が行儀よく鎮座している。  カードを一枚捨てるとミツヒデが山から一枚引いて木々に差し出した。受け取ったカードを一瞥してそのまま手札に加える。 「あんたは」 「二枚」  言葉通り二枚のカードが捨てられた。ソファから身を乗り出し、山から適当に引いた二枚を彼の方へ滑らせる。手札を検討したミツヒデがわずかに目を光らせたのを木々は見た。  面倒なので多めに菓子をベットする。 「レイズしていいか?」 「何」  ずいぶん強気だ。どうやら思いのほか良いカードを回してしまったらしい。 「俺が勝ったら木々の今夜一晩も、なーんて」 「フォールド」 「冗談だ冗談! レイズなし!」  コール、とミツヒデが木々と同じ量の菓子を皿に乗せる。酔っているにしてもひどいジョークだ。  組んだ足に頬杖をつく。自業自得とはいえ勢い余ってコールした形だが、どうやら本当に自信があるようで彼に動じる様子はない。ミツヒデは得意げにカードを広げた。 「どうだ。スリーカード」  木々は肩を竦める。 「残念。ストレート」 「げ」  彼が強気な駆け引きに出たのも無理はない、木々がこのタイミングで本日最良の役を揃えなければミツヒデが勝っていただろう。結果としてこのゲームも彼の引きの悪さに箔を付けただけと言って差し支えない。 「だから言ったのに」  賭けるなと。この男はどうにもツキの巡りが悪い。  だよなあとぼやくミツヒデがすごすごとカードの回収に取り掛かった。そろそろ撤収時だ。木々は欠伸を噛み殺す。  一山にまとめたトランプをテーブルに置き、ミツヒデは惨敗を感じさせぬ動作で腰を上げた。片付けくらいは手伝うべきだろう、と木々も億劫がる体を叱咤して身を起こす。 「次の夜番、たしか六日後だから」  よろしく、とブーツに手を伸ばすと何故か掠め取られた。驚いて顔を上げるとミツヒデがいつの間にか木々を見下ろしている。近い。 「……何」 「いや?」  へら、と人畜無害な笑みを向けられてうっかり気が緩んだ。彼の笑みというのはいつも警戒心を緩める厄介な代物で、慌てて引き締めた時には大抵すでに遅い。  肘掛けに手をついた彼と距離が縮む。思わず身を引くとソファの背もたれにぶつかり、気付けば状況は劣勢、まんまと逃げ損ねた自分が忌々しい。 「賭けたもの覚えてるか?」 「は?」 「木々が勝った時の戦利品」 「だから、あんたの」  言い切る前に顔を顰めていた。何食わぬ顔で勝負を持ち出して当然のように負けて、この男、この展開を狙っていたのか。 「……騙したわけ」 「ポーカーには付き物だろ?」  剣呑な視線をものともせず、ミツヒデは涼しげに木々の文句を躱していく。イカサマも満足にできないくせに、とんだ悪徳ペテン師め。 「俺の一晩を、な」  熱いてのひらが頬に触れ、耳を辿る。  ひくりと体が震えた。たまらず顔を背けそうになって、けれど思いのほか強い力で頬を抑えられ、そのまま唇を塞がれる。 「——ん、ぅ」  体勢が苦しくて、酒のせいか息も苦しくて、気付くと彼を受け入れるように仰のいていた。唇の熱さともぐり込む酒精とでむせ返りそうになる。頭がぼうっとして、抵抗の意思がまとまらない。  甘ったるい声が自分のものと気づくまでにしばらくかかった。茫洋とした意識の外側、ミツヒデの手が緩やかな手付きで木々の髪をほどく。くしけずる指先がくすぐったくて、ふ、と木々は肩を震わせた。  彼の肩にすがる手のひらが熱い。手のひら越しに伝わる彼の体温も。  アルコールに浮かされ熱に浮かされ、唇が離れた時には力なくソファにもたれかかっていた。 「熱……」  木々はぼんやりと息を吐く。 「……もしかして初めからこのつもりだったわけ」 「まあ、多少は。ポーカーに賭けたってとこだな」 「腹立つ……」  レイズのくだりはまるごとブラフだろう。手札がどうであれ木々の出方によっては彼が降りればいいだけの話だ。一晩というワードのきな臭さに木々が気付くか気付かないかの賭けに関しは、酔いも回って眠気がそこそこの頃合いにそれを持ち掛けるあたり、策士というか悪質と言える。 「降りるか?」 「――降りない」  そしてそれをここで訊くのも。  機嫌よく笑ったミツヒデがもう一度と木々の唇をせがむ。触れる熱が一瞬たらずで木々を篭絡して、これはもう騙された方が早い、と大人しく目を伏せた。
(2012/09/27)
そうほいほい揃いやしないと思うんですけどツーペアで強気の旦那だとあまりにしょっぱいのとポーカーの話でストレートのひとつもないのはなんかなという。見直すにあたってホールデムだったら手つけらんねえなと思ったんですがふつうにドローポーカーしてたので当時も手つけられなかったんだと思います。

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