みずうみ
ミツヒデという男は、たとえばその人格を表すとしたら、温厚だとかお人好しだとか過保護だとか、並ぶ字面がすべて穏便に収まるような、そういう人柄をしていた。人好きのする笑みで人と接し、時に年齢相応の余裕を見せて周囲に優しさや心配や気遣いを振り撒く。感情の処理にもおそらく長けていて、あまり激情を見せないという点では木々と同類と言えた。
けれど真っ当ぶったその顔が跡形もなく消え去る瞬間を木々は知っている。普段の言動からすると淡白そうなくせに、こういうとき、彼は手に余るほどの激情を見せるのだ。
「……ちょっと、一回、抜いて……」
乱れた呼吸の中でどうにか訴えた声は掠れていて、翻弄されるばかりの現状を突きつけられるようで木々はうんざりした。喉がかわいた、と喉を鳴らす。声を散々に上げるほど溶かされてはいないが、水分を欲するほどには好きにされている。
「つらいか?」
「つらい」
だよなあ、とミツヒデは笑った。一呼吸あとに耳障りな音を立てて腹の奥の圧迫感が消えて、木々はようやく強張っていた体から力を抜く。
「悪い。つい夢中で」
「それ謝ってるの」
「え? 謝ってるだろ」
毎度この台詞を聞いている気がする。反省の不随しない謝罪にどんな意味があるのか。
「だったらもっとどうにかして」
「どうにかって言われてもなあ……」
こればっかりは、と彼が苦笑する。じかに感じる露骨な感触はまだ彼が満足していないことを如実に物語っていて、まだやるのか、と木々は辟易した。快楽と疲労が表裏一体にあることをこの男はどこまでわかっているのだろう。というか疲れないのかこの男。
「生理現象だしなあ、どうにかと言われても」
「あんたそういうところ何なの」
「そういうところ? 何が」
まともに聞き返されても困る。身じろいだ拍子にまだ硬度を保つそれに触れて、木々は思わず顔を顰めた。
「こういうこと、もっと淡白なほうだと思ってた」
「あー」
オビにも言われたなあとミツヒデが呟く。どんな流れでそう言われるに至ったかなど考えたくもないが、少なくともオビの見解は木々のそれと一致している。健全な印象とその腹の底。色欲などとはまるで無縁そうなこの男が。
「別に四六時中さかってるわけじゃないぞ」
ミツヒデはからりと笑った。この状況でよく普段通りに笑えるな、と木々はむしろ感心してさえいる。
「たぶん淡白なほうだよ。普段もそんなに溜まってないしな」
「聞きたくない。ていうかやってること矛盾してるけど」
「だから」
不意に身を乗り出したミツヒデに木々はぞわりとした。咄嗟に拒絶した手はけれど難なく絡め取られ、振り払う間もなく指先を甘噛みされる。ちり、と甘い疼きが指先からうなじ、脳髄へと駆け抜けて、木々は堪らず息を漏らした。
「こういう反応とか、声とか、顔とか、見ると、もう駄目だ」
「冗談……」
「ほんとに」
それこそ、とミツヒデは指先にくちづけて木々を見つめた。普段と変わらぬ柔和な顔つきと、普段からは考えられぬ欲にうわついた瞳。木々はいつもそれに、囚われる。
「それこそ、木々のそういうとこに煽られるんだよ」
「……あ、待……ッ」
とらわれて油断して、あっという間に雁字搦めである。もうほとんど力の入らない足を支えてミツヒデが押し入ってくる。突然の行為に喉が委縮して、木々はちいさく咽せ込んだ。
「ッ、は」
「……すまん、急すぎたな。大丈夫か?」
「さい、あく……」
「悪い悪い」
ミツヒデの手が優しく木々の髪に触れる。彼の苦笑などとうに見慣れた表情だが、その吐息と眼差しはまるで見慣れぬ熱を宿しており、木々はたまらず自身の視界を腕で覆った。あてられたらきっと溶ける。
「木々」
「――ッ」
ゆるやかな動きに、しかし体中を走る快楽はいちいち大きい。木々、と囁かれるたびに体の奥底が甘く疼いた。意固地な腕に体温の違う手がそろりと触れて、木々はゆるゆる首を振る。嫌だと、その声で名を呼ぶなと、拒絶すべき言葉はいくはでもあるのに、口からは熱に浮かされた吐息しか出てこない。
「木々、腕を」
「嫌」
「顔が見たい。声が聞きたい。木々」
けれどこの状態の彼に勝てたためしなどないのだ。今だって木々の体をいいだけ翻弄して、気付くと腕を絡めとるようにして視界を開けさせている。まるで木々の意思でそうさせたかのように。ほんとうに厄介な男だ。
「木々」
「ぅ、あ……っ」
甘ったるい声はまるで知らぬだれかのようだ。普段よりも高すぎる熱に囚われ、あてられ、溶けるなんてものじゃない。呑み込まれる。そうしてそのまま沈んでしまいそうな息苦しさに慄いて、木々はすがるところを求めて手を伸ばした。
どう考えても深夜に書いたと思うんですがそのわりにはいいタイトルつけてる。