たわぶれ話とABC
たしかそれは、まだ幼いと言えた頃の、好奇心に近いものから始まった。
「――……う」
兵営の片隅の倉庫、尻が痛いという思考もとうにどこかへ飛んだ。互いの息遣いと、呻き声のようなそれと、粘着質な水音、かすかな衣擦れが、無感動に響く。
高揚感は確かにあった。膝上に乗せた体勢でなお見下ろす形のアニだって、その顔は上気し、滅多に動かぬ表情も甘く歪んでいる。ベルトルトもひどく熱かった。身体中が熱い。脳髄があつい。血液が沸き立つ。
けれど、だから、この行為の意味だけが、空っぽで、空疎で、空しい。
「……っ、あ、駄目」
「僕も、いきそ……」
自重を支えていたアニの脚が、ベルトルトの腰をぎゅうと挟み込む。彼女の腰に添えていた手をどうしたものか、けれど衝動に抗いきれず、結局押さえつけるように力を込めていた。
ひときわ締め付けられた一瞬に唇を噛みしめる。いやこれはマズくないか、と脳の片隅が冷静に働いたとき、ふわとアニが呼吸を寄せた。
「――いいよ、なか、出して」
「ア、ニ」
彼女のひとことで箍が外れた。
小さなからだにはどう考えても大きすぎるそれを、配慮も忘れて彼女の最奥に押しつける。アニがささやかな悲鳴を上げて身をしならせた。
ぐ、ぐ、とその状態でさらに擦りつけ、ふるえるような締め付けに促されるがまま、吐精した。
「――アニ、……ごめん、大丈夫?」
ぐったりとベルトルトに凭れたアニは、まだ微かにからだをひくつかせながら小さく頷いた。
衣服越しに密着した体が熱い。
けれど思考を浮かせていた熱は徐々に引いていき、次第に現実味が戻ってくる。固い床が尻に痛い、というあたりもようやく戻ってきた。
「……本当に中に出しちゃったけど」
「いいよ、……きょうは平気」
掠れた声が無感動に周期を告げる。月単位で体のあれこれを把握しておかねばならない彼女らは大変だな、とベルトルトはどこか他人事だった。
幾分落ち着いてきたアニの目許にかかる髪をよけて、そのままくちづけを交わす。こういうときの彼女は困ったことに素直でかわいい。
「――というか、出来るものなのかね、私たちの体は」
「ああ、……たしかに、どうなんだろう」
ベルトルトは細い髪をくしけずりながら、色っぽくない議題について思考を巡らせる。巨人は生殖器をもたない。となれば人間でいうところの生殖行為も必要ない。自分らはひとつ巨人でもあり、けれどひとつ人間でもあり、この行為は一体何の意味を成すのだろう。
「でも、反応するし、濡れるし」
「あんた、デリカシーとかないわけ」
「いや、振ってきたのはアニのほう……」
アニは不機嫌そうに眉をひそめた。
と、ベルトルトの腰をホールドしていた脚がおもむろに緩められる。アニはそのまま緩慢な動作で膝を床につき、ぐち、と体内から音を立てて腰を上げた。
彼女の内股を白い液体が伝う。それが妙に目について、ベルトルトは何とはなしに指先で拭った。しなやかな脚がぴくりと反応を見せる。
「これも、出るわけだし」
白濁を掬った指を差し出すと、アニは少し顔をしかめてから、黙ってそれを口に含んだ。
「アニだってちゃんときてるんでしょ」
「――」
「あいたたたた、アニ、噛んでる噛んでる」
引き抜いた指にはくっきりと凶暴な歯形が残っている。これはこれで可愛くていいのだが、アニのしかめ面にさすがに無神経だったかと少し反省した。
最低限だけ肌蹴させた衣服を直そうとする彼女を阻みながら、だけど、とベルトルトは細い腰を引き寄せる。
「だけど、本当に何の意味があるんだろう。人間みたいだって錯覚しそうだよね」
「錯覚してなかったらこんなことしないでしょ。ちょっと、離して、もうやらないよ」
まだ発達途中とも言える柔らかいからだは、けれど、では何のために発達するのだろう。どこに向かって。
月のものがきたという彼女の体の変化に、当時ひどく衝撃を受けた覚えがある。どうしてこのからだは子を成す準備を始めているのだ、という不安と焦燥、それから、かすかな喜悦もあった。
彼女を初めて抱いたのはその少し後だ。
たしかにたくさんの感情があった。が、それでも互いに一番強く抱いていたのは好奇心だったように思う。
おそらく今でもあまり変わっていない。
真っ当な人間ぶって変化する体への好奇心。真っ当な人間ぶって欲情する自分への好奇心。この先に何かあるのかという後ろ向きな好奇心。
「あんたは不満なの」
「え? まあ、そりゃ、もう一回くらい」
「そっちの話じゃない」
呆れ顔のアニが、もうやらないってと釘を刺す。
「意味がなきゃ嫌かって聞いてるの」
「……いや、気持ちいいし、ただ不思議だなって。アニのほうこそどうなのさ」
「不毛だとは思うけど。第一、もし出来るものだとしたら」
彼女の深い瞳はいつだって一定の距離を忘れない。
他人との一定の距離、現実との距離、そして彼女自身の心との距離。
「それって、何のこどもなんだろうね」
遠くでカンカンと硬い音が響く。夕飯時を終える鐘だ。
アニがふいとそちらに気を取られた。ベルトルトはその隙をついて指先を淡い繁みに潜らせ、乾きつつあるぬめりをぐずりと探り当てる。
「ッあ、何」
「巨人のこども、か、人間のこどもかってこと?」
「ちょっと、や……っ」
ひくりとアニの腹が跳ねる。自身のそれと彼女のそれとがとろりと混じ合った粘液を絡ませ、その指先を口許に寄せた。
「関係ないよ」
舌先でなめとる。
間違っても甘くなんてないけれど。
「僕とアニのこどもだ」
いつだって現実主義を貫く彼女が、その時、たしかに困ったような顔をした。
そろそろ本当に戻らねば、とベルトルトはぼんやり名残惜しい。アニのほうはといえば、何か言いかけた口を閉ざし、じっとりとベルトルトを睨めつけた。
「なんて、言えたらよかったけど」
「……蹴り倒されたいわけ」
ベルトルトは笑いながらようやくアニを解放してやる。付き合ってられないとばかりにすり抜けた彼女は、今度こそ乱れた衣服を整えた。
ベルトルトも立ち上がりながらズボンを留める。髪をまとめるアニの後ろ姿を眺めながら、気付けば現実味のないうちに現実に足がついていた。
「まあ、正直なところ、こどもなんてぞっとしないかな」
「同感だね」
自分らだって到底こどもなのに。
ひょこりとしんどそうな腰に手を添えてやると、案の定というか心外にもというか、険しい眼光で睨まれた。
「……そういえばまた食いっぱぐれた」
「ライナーが何か取っといてくれてるんじゃないかな。あとクリスタも心配してくれてそう」
「サシャの餌食になってないといいけど」
たしかに、とベルトルトは笑った。
こうして何食わぬ顔で人間ぶって生きる自分らは、では何のこどもなのか。事を済ませて腹を空かせ、平気で友の名を口にする自分たちは。
彼女は何と答えるだろう。どんな答えを望むだろう。
きっと先のような困った顔をするのだろうな、とそれが少し可笑しくて、真っ当でないとわかっていながらベルトルトは含んだように笑った。
(2013/07/09)