味わいがたき敗北
 慣れたこともあるが居直ったことのほうが大きい。最初の頃の過剰な羞恥や過剰な配慮から、気づけば過剰な、が取れていた。もちろん今でも翻弄されまくって乱され倒す自分がいたたまれないことに変わりはないが、結局、きもちいいのだから仕方ない。初めて手を繋いでしばらくするとアニからも手を伸ばすようになったし、初めてキスをしてしばらくするとアニからもするようになった。それと同じだ。  最中、アニはある程度抵抗する。ある程度いやだやめろと訴える。  羞恥心の名残りからくる本心もあったが、ある程度はポーズのようなもので、いつからかそれを汲んだアルミンも嫌だやめろと訴えたところであまりやめなくなった。やめなくなることを知ってアニも遠慮なく嫌だのやめろだの抵抗するようになった。要するにただの戯れ合いである。アルミンはアニの抵抗を抑え込むのが上手くなったし、アニのほうも熱に浮かされてたまにねだってみたり、日頃の意地が溶かされていく、あるいは自ら溶かしていくような感覚が、実は嫌いではない。 「……ッ、ぁ、んン……っ」 「がまんしなくていいよ、アニ」 「う、るさ……ッ、あ……!」  かわいい、と歯の浮く台詞を平気でのたまうアルミンの指先が内壁を深く抉る。ぐずぐずと表しようのない感触にアニはぎゅうと身を縮めてアルミンにしがみついた。爪先がシーツを蹴る。喉元がひきつる。アニ、と名を呼ばれてからだを震わせた矢先、指先がいたずらに敏感なところを掠めて一瞬で限界をこえてしまった。 「ぁ! や、だめ、——……ッ!!」  あっけないほどの絶頂に息を詰めてアルミンにすがりつく。首をホールドする形になった。もしかすると相当苦しいかもしれない、自業自得だ。  しばらく体を震わせているとじわじわ波が引いていく。ひくつくような呼吸を少しずつ落ち着かせて、同様にひくつくからだからも少しずつ力を抜いた。アニはアルミンの首を解放してずるりとベッドに沈む。 「はあ……」 「あれ? もうやりきった感?」  ろくに呼吸も乱れていないアルミンがくすくす笑う。平時と変わらぬトーンのアルミンとすでに熱に持っていかれているアニである。自分ばかり欲情しているようでばつが悪い。うるさい早く脱げ、と蹴飛ばしたつもりが、思ったよりも力が入らず腑抜けた蹴りになってしまった。余計にいたたまれない。 「でもアニ、最近けっこう慣れてきた?」 「そういうの平気できいてくるあんたの神経くらいには慣れてきたよ」 「やっぱり? いき方も気持ちよさそうになってきたと思ったんだ」  皮肉をスルーしたうえでもっとデリカシーのない爆弾が転がってきた。なんだこの男。  そうだねきもちいいよと棒読みで返しながら、服を脱いだアルミンを睨む。何、と首を傾げる仕草が無駄にかわいい。なんて腹立たしい。 「最初の頃は全然上手にいけなかったもんね、アニ」 「あんたらみたいに出せば済むって話じゃないからね。ねえ、この話続けたい?」 「それなりに」 「悪趣味」  ゴムをつけ終えたアルミンがゆったりと覆い被さってくる。声のわりには熱のちらついた双眸が見下ろしてきて、一応欲情はされていたのか、とアニは少しだけ溜飲を下げた。 「いく時のアニってすごく色っぽいよ。前は怖々っていうか苦しそうでさ、ちょっと不安だったんだよね」 「そういうあんたは最初のほうが余裕なくて可愛げあったよ」 「何言ってるの」  余裕なんてないよ、とアルミンが苦笑する。シーツに散った髪に指を絡めて、熱の籠った瞳で顔を寄せてきた。 「アニの声も、しぐさも、きもちよさそうな顔も、かわいくていつもどうにかなりそうだ」  うそつけ天然たらしと顔を背けようとしたが遅かった。歯の浮くような台詞にまんまと火照ったアニの頬を捉えて、アルミンが口付ける。  潜り込んできた舌にも結局素直に応えながら、アニはそろそろと腕を彼の背に回した。たしかに、羞恥のやり場どころか手のやり場にさえ困っていた当初に比べれば、ずいぶん余裕が出てきたように思う。  唇の隙間から吐息を漏らす。  アルミンの体がかすかに震えた。 「……ほんとに、どうにかなっちゃいそう」 「なっちゃえば、勝手に」 「困るのアニだと思うけど……」  呆れるアニの片足を支えてアルミンがゆっくり押し入ってくる。慣れただの余裕だの言う彼は、それでも間違っても横暴なことはしない。アニが本気で嫌がったらやめてくれる。アニが本気で泣き出したら困ってくれる。だから多少のデリカシーの欠如なんてたいした問題ではないのだ。たぶん。 「ぅ……っ、ん……!」 「……っ、なんか、今日、きつい……?」 「し、らな……、あんた、が、むだに盛り上がってるだけじゃないの……」 「いつも盛り上がってるって」 「ば……ッ」  しかし口を開けば余計なことしか言わないというのもどうだ。  じりじりと押し入ってきたアルミンが、やがて、入るところまで入ったところで息をつく。確かにいつもよりきつい。どちらのせいだか知らないが、アニは浅くなりがちな呼吸を努めてゆっくり吐き出した。 「……ああ、やっぱり、慣れてきたよね、アニ。前は入れたらがちがちになってたのに。まあ、あの、ちょっと余裕のない感じも、なかなかだったけど」 「……あんたさ、余裕出てきたっていうより、調子乗ってきてない?」 「そうかも」  アルミンがいたずらにぐいと揺らしてきた。アニの喉からくぐもった悲鳴が上がる。 「ぁ……っ、く、いい気になって……!」 「そりゃあ、せっかく余裕出てきたわけだし。アニは? もうそろそろ余裕ない?」  ゆるやかな波を繰り出すアルミンは、瞳も声も熱っぽいというのに余裕めいて笑っている。挑発するような口振りだ。そうとなるとこちらの負けん気が黙っているはずもなく、アニは細かい喘ぎ声を噛み殺して反撃に出る。 「——な、めてもらっちゃ、困るよ」  言ったそばから内側の絶妙なところが擦れてからだが震えた。声も震えた。けれどアニは意に介さなかった。  浮かせた足をアルミンの腰に絡ませてがっちりホールドする。自慢の脚力で主導権の奪取に臨み、力任せに腰を締め付けた拍子に中まで締まった。 「う、あ……ッ」  その刺激についにアルミンの表情が歪んだ。余裕の上っ面にひびが入る。  苦しげに眉を寄せた彼の表情に、アニの欲望は思った以上に満たされた。ぞくりとした衝動に知らず目を細めて、下手をすると女よりも色っぽいその頬を両手で掴む。 「……かわい」  意趣返しに笑ってやった。  なるほど、とアルミンが苦しげに笑い返す。 「たしかに、余裕そうだね……」  彼はかろうじて我慢というカードを手繰り寄せたらしい。荒い息を吐きながら、いっぱいいっぱいと書かれたような顔にアニはすでに満足していた。 「——だけど、配慮とかって、ふつうしない?」 「あんたに言われたくな、——あッ!」  しがみついた都合で浮いた腰にアルミンの腕が回り込む。ただでさえ深い状態からさらに奥を圧迫され、アニは一瞬呼吸もできなかった。重たい圧迫感。くるしい。 「う……っぁ、やだ、アルミン……!」 「あ、ごめん、痛い、かな」 「わ、わかんな……っ」 「わからない?」  と、ふいにアルミンが、ぐいと軽く腰を動かした。ひ、とアニの喉から悲鳴がこぼれる。 「だ、だめ、まって、変」 「……アニさ、最初にいったときのこと、覚えてる?」 「——は、あ……?」  滲む視界を歪めさせて、アニは覚えてないよそんなのと突っぱねた。記憶を手繰れば出てきそうだが思い出したくはない。 「たしか、同じこと言ってたよ」 「同じこと……?」 「わかんないって、今みたいに。あの時もかわいかったな」  劇的に記憶が蘇るなんてことはなかったが、言いそうだな、と自分で苦々しくなった。やはり思い出さないほうがよさそうだ。  アルミンがアニの瞳を覗き込む。笑っている。何か言い返してやるつもりで口を開いたが、アルミンが緩やかな律動を再開して、あっけなく悲鳴となって終わってしまった。 「ふあッ! っ、ちょ……!」 「奥のほうだと、どんな表情でいくのか、見てみたいな、僕」 「ん……ッ、あ、悪趣味……っ」 「見せてよ、アニ」 「ひゃあ!」  びっくりするくらい情けない声が出た。アニは途方もない羞恥を持て余してアルミンを思いきり睨みつける。ただの八つ当たりだ。ほとんど涙目なので大層な威力もなく、事実アルミンはただ満足げに笑っている。  羞恥が一周回って負けん気が発動してしまった。  今いちど反撃に出るべく息を落ち着ける。気休め程度にしか落ち着かなかったが、アニは構わず首筋にうずまるアルミンの顔を持ち上げ、溶けつつある互いの視線を絡ませた。 「——わたしにも、あんたの顔、よくみせな」  ひくんと反応したのはアルミンの表情よりも中のそれである。出し抜いてやった気分だ。ざまをみろ。  やがて息を吐くように笑ったアルミンが、いいよ、と挑発的に言って顔を寄せる。この状況下でキスなんて到底生きた心地がしなさそうだったが、アニは抵抗もなくキスを受け入れた。きもちいいのだからしかたない。腹の奥の重苦しさもキスで緩和されるのだから現金なものだと他人事のように呆れて、アルミンの首にすがりついた。

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