Tip Toes
夜風が涼しくて、鬱陶しいほどの人もなくて、すぐ近くにアルミンがいて、何より酔っていた。
駅の改札口の手前、シャッターの影に隠れるようにして、身を寄せ合って口づけを交わす。最初こそ別れ際のキス程度の洒落たものだったのに、離れがたくて服の裾を握ったらアルミンの瞳が色を変えた。
強く引き寄せられて再び唇が塞がれる。背中を支える腕は、そうというよりアニを抑え込んでいるようにも思えてぞくりとした。足が軽くつっかえたがそれすら支え込まれ、その力強さにえも言われぬ疼きが走り、アニも知らず唇を押しつけ返す。一度わずかな隙間を作った唇は、アニを上向かせるようにしてさらに強く押しつけられた。
アルミンが触れさせた唇を薄く開く。つられて隙間をつくると弾力のある熱い塊が押し入ってきた。熱い舌をアニも素直に含む。くちりと水音が耳につく。
アルミンと初めてやらしいキスをした。
熱い唇が擦れ合い、熱い舌をもつれ合わせ、アニの思考がずるずると溶けてゆく。息苦しくてよくわからないところから声が抜けた。
「ふ……ッ、ぅ」
「アニ……」
離れた吐息が頬を掠める。ひくと身を震わせたアニは滲んだ視界に彼が目を細めたのを認め、あ、またくる、と思わずおののいた。
「ま、待って、タンマ」
「ごめん今ムリ」
「は? ちょっと調子に——んぅッ」
色気のない文句を飲み込んで二度目のやらしいキス。いやこれもまだ一回目に入るのか、とアニは成す術なく口付けに応じる。
頭がくらくらした。息苦しいけれどきっと酸欠のせいだけではない。アルミンとキスをする時はいつも上手に息ができない。
駄目だ。きもちいい。
舌と思考をまるごと籠絡されて、アニは浮わついた頭で熱を求め返した。
ふ、と息をついたアルミンが軽い音を立てて唇を離す。リップ音だなんて気障すぎだ。アニは少々不機嫌に目を細めて、彼の濡れた唇が目について改めて顔をしかめた。
「……あんた、こういうの、どこで覚えたの」
「え? 何が?」
ひとしきり満足したらしいアルミンが、先までの横暴さをきれいに掻き消した表情で首を傾ける。彼のこういうところは嫌いだ。
「妙に上手いから。腹立つ」
「アニこそ誰と比べてるの?」
苦笑したアルミンが親指でアニの唇を拭った。やっぱり気障だ。アニは辟易する。
そもそも学校の最寄りで一人暮らしをしているアルミンが帰りに駅に寄る必要などまったくない。それをわざわざ、飲み会がお開きとなるなり送るよといって当然のようにアニの隣に肩を並べ、酔いさましがてらダラダラ歩いてきた。一緒に飲んでいたグループワークの面々が一様に生温かい眼差しをしていたのがいたたまれない。来週の授業が今からすでに億劫である。
最初のころは手を繋ぐことすら焦れったかったというのに。
この男から可愛げがなくなったのはいつからだろう。
「こういうの自信ないから、あんまり誰かと比べないでほしいなあ」
「……」
前言撤回。超可愛い。
アニは火照る頬を自覚して撃沈した。
「……別に、上手いっつってんだからいいじゃん」
「そうじゃなくてさ」
「妬ける?」
「まあね。ああ、アニも上手だったよ」
どうも、とそっけなく応じて、独占欲の欠片を胸の内で噛み締める。彼のほうこそ誰と比較しているのかは知らないが。
「さっきの、嫌だった?」
「は?」
「待ってって言ってたから」
「ああ……」
嫌なわけではない。だけど心臓がどうにかなってしまいそうで、なんて恥ずかしい台詞などもっと言えるわけがない。
「まさか。癖になりそう」
もっかい、とアルミンの首に腕を回す。喉元で笑ったアルミンはときめいているというより可笑しそうである。その反応もどうだ、と釈然としないアニに顔を寄せ、触れる寸前、あ、と改札口に目を向けた。
「アニ、終電は? 大丈夫?」
「大丈夫じゃない。次のやつ」
「え」
かといってこの状況で帰るほうが大丈夫じゃない。
じっとアルミンの目を見据えると、その意図を汲み取ったらしいアルミンが少し困った顔をした。
「……僕、ライナーとベルトルトに殺されたりしないかな」
「しないよ。あいつら今日コニーの家で飲んでるし」
どうせ意味もなくオールして朝帰りであろう。帰っても一人だ。それにあの二人は口煩いがなんだかんだでアルミンのことは買っている。
そっか、と目許を和らげたアルミンが、裾を握ったままのアニの右手を取った。
「じゃあ、はじめてのお泊まりだね」
どうしてこの男はこんな台詞を相手の目を見たまま言えるのだろう。
たえきれずに目を逸らして頷き、握られた手を握り返す。心臓吐きそうだ、とアニは少しだけ息を止めた。
(2013/07/27)
通じる方に通じればいいんですがこの頃から終電ネタかよとなってます