Swanky Stealer
ボリュームを絞ったテレビから歓声が上がる。距離のおかげで臨場感こそ欠けてはいたが、ソファの上からでも戦況が変わったことがわかるくらいの歓声ではあった。
熱っぽい息を吐き出したジルが中継に気を取られる。クリスはテレビを一瞥するだけして、とりあえず彼女の胸元に唇を寄せた。
「タッチダウンか?」
「みたいね」
「TFPは?」
「今ちょうど――あ、外した」
クリスは顔を上げる。テレビ画面ではゴールポストからわずかに外れたボールがリプレイされていて、ああ惜しい、と思った矢先に同じことを実況者が叫んでいた。惜しい、と彼女も同じことを口にする。
「キッカー調子悪いな」
「集中してないのかしら」
「君もな」
彼女の頬に手を添え、テレビに向けられた顔を強引に引き戻す。したたかな瞳は二秒ほどテレビへの未練を見せたが、結局諦めてクリスを見上げた。
「してるわよ、ちゃんと」
「試合にか?」
「あなたにって言えば満足する?」
問答が面倒になりそうだ。そこそこ、と適当なことを返してそのままキスをした。指を絡め取ってソファに縫い付け、ゆったりと腰を深める。逃しようのない刺激にジルが喉を反らせて呻いた。
「ッん、ぅ」
「皮肉に聞こえる」
「心外ね」
まったく心外そうに聞こえない。気のない彼女の台詞に、ならば皮肉ごと引っくり返してしまおうとクリスも本腰を入れることにした。
仕切り直しのキスをして、角度を変えて徐々に深めていく。やわらかい唇を食み、やわらかい胸を揉みしだき、ほどなく彼女のからだにもクリスのそれと同じ熱がともってゆく。時おり鼻から抜けた声が耳朶を震わせて、一度唇を離して様子を窺うと、ジルが伏せていた瞼を持ち上げた。
濡れた瞳がじわりと笑む。
どうにも集中してくれていない。
「……自陣27ヤード、フォースダウン6」
テレビから聞こえた実況をさらに実況する、彼女の吐息は確かに荒いのに面白がっている風でもあった。本腰を入れるつもりだった手前クリスはばつが悪く、眉を顰めて彼女から寄越された情報を処理する。
「……ギャンブルだな」
「自陣よ。それも27ヤード。失敗した時のことを考えるとリスクが高いわ」
「いや、キッカーがあの調子じゃフィールドゴールの線は薄いだろ。ディフェンスは堅いから抑え込めるんじゃないか。それに」
「点を取りにいかないとまずい?」
「ああ、勝ってるならパントでもよかったな」
会話のトーンがもはやヘリで作戦の最終確認をしている時と大差ない。雰囲気を一息にひっくり返され、クリスもクリスでつい中継に視線をやってしまった。言うまでもなく彼女の顔はすでにテレビを向いている。
結局クリスの予想通りギャンブルが決行された。パスルートが開くや否やクォーターバックが鋭いパスを投げ、レシーバーがキャッチするかというところで敵選手が飛び込んだ。あ、とジルが声を上げる。お、とクリスも身を乗り出した。身を乗り出した勢いで中が擦れ、彼女が先と違う色の声を上げた。
「ん、ちょっと、あんまり興奮しないで」
「君に興奮してるんだ」
「それ皮肉?」
実況者が興奮した声でインターセプトを告げる。まさか、とクリスはゆるやかに腰を動かした。彼女のからだが震える。多少は皮肉も含ませたつもりだったが、彼女の顔を見てすぐにその気も失せた。ターンオーバーだって勿論興奮はするけれど。
「だとしたら今ごろ純粋に観戦してる」
「そ、れは、たしかに」
ジルが笑う。笑った拍子にささやかな刺激を生んで吐息を湿らせた。
「それとも純粋に観戦するか?」
「名案ね。試合も気になるし」
「皮肉だよ」
「しってる」
クリスは口角を上げて彼女の減らず口を塞いだ。強気な台詞ひとつで簡単に欲情してしまう。重症だ。
舌を潜り込ませるとジルが素直にそれを含む。狭いくちの中で互いの舌がもつれあって、合間から漏れる声が試合など比にならぬほどの興奮を呼んだ。
「……まだ続けるか?」
「皮肉? 観戦?」
「選択肢がもうひとつ欲しかったが強いていうなら観戦だな」
「じゃあ、純粋に観戦できない言い訳、とか」
白々しい、とクリスは指摘した。ジルが笑う。何の話と空ぼけながら両腕を絡めてくる。
ここまで来れば話は早い。クリスはつうと太腿をなぞって体を密着させた。腹の奥、深まる熱と刺激にジルが息を詰め、機をとらえてターンオーバー。攻撃権を奪い取る。
「ん……ッ」
「なら、口実作りだ」
腰を引かせて突き入れる、緩慢な動きから徐々に余裕のない抽送で彼女を責め立てる。ジルはからだを震わせながらクリスに縋り付いた。律動につられて甘い声が上がる。襲いくる快楽をやり過ごそうと身を捩る彼女の姿に、ぞわ、と身体中の血温がたかぶった。
「ぁ、う、ぁあ……っ」
吐息交じりの声に脳が甘く痺れる。意識の隅のほうで遠くに上がる歓声をキャッチし、クリスはふと不思議な既視感を覚えた。呑まれそうな熱と他人事のような歓声、ふたつのコントラストをかつて経験した覚えがある。熱に浮つく意識をどうにかとどめ、少し考えてからクリスはああと声を上げた。思い出した。
「そういえば、昔」
「っ、え」
溶けた瞳がクリスを見上げる。
クリスは余裕ぶって彼女の髪に指を絡めた。
「君が、アメフトのルールを知りたいと言って、解説をねだってきたことがあった」
「な、にそれ」
「ポジションもよくわからないから、と」
「まって、何……っ、あァ!」
どうにか昔話を思い返そうとした彼女は、けれどクリスが深く腰を沈めたことであえなく失敗に終わった。
そのまま奥のほうを突き崩す。きしむソファの上でジルがからだをしならせた。熱い粘液が絡みつき、いやらしい音がくぐもって余計に情欲をそそる。
「や……っ、だ、駄目」
「あれ、嘘だろ」
「な」
「あの時もこうなった」
「い、意地悪……ッ」
潤んだ眦に口付ける。彼女の細い腕がクリスの背にすがり、湿った吐息が首筋をくすぐった。彼女のくちびるにせがまれて息苦しいキスをする。こちらの余裕ももう保たない。滑らかな肌をたどって胸を探り、しこる尖端を優しく押しつぶすと高い声が上がる。中がきゅうとクリスを締め付ける。
「ふあッ、ぁ、クリス……っ」
「ジル……」
涙を湛えた瞳が限界を告げていた。
引け腰になる彼女の腰を抑え、突き込んだところをさらに擦りつけるようにして最奥を突き上げる。声にならぬ悲鳴が上がり、ジルのからだががくがくと震えた。
「ッあ、あ……っ!」
脳髄が焼けそうだ。ジル、と掠れた声で名を呼ぶと、彼女の痩躯がしなやかに跳ねた。
喉を反らせて達した彼女の爪が食い込む。甘い痛みと共に柔肉が断続的にクリスを締め付け、堪らず呻くように声を立てて吐精した。
「――っ」
「は……っ」
余韻でぼんやりしながら、彼女の肩口に顔を寄せて熱い肌に口付ける。敏感な肌はその刺激にさえ小さな反応を返した。
しばらく互いの荒い呼吸だけが沈黙を繋いでいた。少ししてようやく息が落ち着き始め、知らずシャットアウトされていた中継と歓声がじわじわ戻ってくる。
「……本当よ」
「ん?」
おもむろに会話が再開され、脈絡の見えぬクリスは顔を上げる。
「ポジション、教えてほしいって言ったの、本当」
「そのわりに詳しいな」
「……何回も試合を見たの。あなたに教えてもらって、面白くて」
ばつが悪そうに白状したジルがそのまま顔を背けてしまう。ここで恥じらうのか、とクリスまでむず痒い。おそらくクリスに影響されたという事実が問題なのだろうが、たしかに付き合いを長くした今では、馴れ初めを話す時のようないたたまれなさがある。
「……つまり、そのおかげで、さっきみたいなことになる」
「皮肉な話ね」
何年越しの本末転倒だ。
「でもあの時よりよかった」
「……君はあの頃より策士になったな」
そうかしら、とジルがしらを切る。そういうところだ、とクリスは可笑しい。
一度落ち着かせたはずの欲望が早くも頭をもたげ始める。敏感に反応したジルがぴくりと腰を浮かせた。クリスは上機嫌に彼女の唇をついばみ、手探りでリモコンを求める。
「後半戦?」
「ゲームの話か?」
笑った彼女が返事のかわりにキスを寄越した。ようやく掴んだリモコンでテレビを消し、クリスは心置きなく彼女との駆け引きに没頭する。