搦め手の容赦
彼女はいつも縋るところをシーツに求める。
こわいほどに白く細い肌を惜しげもなく晒し、襲いくる快楽の波に声も瞳も溶かしてニュートの名を呼ぶ彼女は、そのくせその両手でニュートに縋ることをしない。強情も負けん気も含めてニュートはティナをかわいいと思っているけれど、そこまで徹底しなくとも、とシーツをかたく握りしめる手のひらに触れる。
「ティナ」
「な、に……」
名前を呼ぶ、触れる、それだけのことで彼女の中はきゅうとニュートのそれを締め付けた。熱くゆらめく結合部、ニュートは息を吐いて腹から疼く衝動をやり過ごす。
「これ、やめて」
「これ……?」
「こっち」
絡め取った右手を自身の背に導く。ひたりと密着する肌にティナがおののくように体を震わせ、それがじかに下半身に響いて、あ、だめだ、と思ったときには抉るように腰を打ち付けていた。
「ッぁ、なに……!」
「そっちの、手も」
「やだ、や……っ」
拒絶の声を上げて、彼女は縋るどころか背に回した右手を振りほどいてしまう。揺さぶられながら弱々しく求めるのはやはりよれたシーツで、ニュートはどうにも面白くない。
「ティナ」
「ッん、んぅ……!」
「ティナ、手を」
「むり、ッあ、やだ、やだだめ……ッ」
無理ときた。
追い立てるような動きひとつひとつに高い声を上げて、ティナは少しでも快楽を逃がそうと首をよじらせる。細い髪がシーツにこぼれてさらと散った。ニュートは仕方なく強情な手のひらに自身のそれを重ねて、そのまま彼女を高みへと追いやる。
「——ッぁ、あぁ……っ!」
ぎゅうとぬかるむ内壁が収縮した。しなる痩躯がひくんと跳ねて、ニュートのそれを断続的に締めつける。う、と低い声を零して、ニュートは扱き上げるような蠕動をやり過ごした。
息を詰めて絶頂に震えていたティナが、そっと息をついてシーツに沈む。乱れた前髪の下、溶けた瞳が緩慢にニュートをとらえて、いま、と整わぬ呼吸のさなかに訴える。
「……いま、我慢した」
「……そういうこと訊く?」
「なんで……」
どうしてだなんて。聞きたいのはニュートのほうだ。
「君こそ、どうして?」
「え?」
「いつも、こっちばっかり握りしめるから」
こっち、と彼女が強く握りしめたシーツを示す。捕らえたままの手のひらがかすかに震えて、そんなこと、とティナは居心地悪そうに目を逸らした。ない、と続くとしたら彼女も随分とはったりの腕が落ちたものだが、続いた言葉が、あるかもしれないけど、というものだったのでさしものニュートも笑った。
「だよね」
「あ……っ、ちょっと、わ、笑わないで」
「僕じゃ不安?」
笑いを零した些細な動きすら敏感にとらえ、声を震わせたティナはそれでもニュートの言葉に律儀に首を振る。そうじゃない、とこたえる声は少々上擦っていた。
「違うの、あなたに縋ることが不安なんじゃなくて」
「うん」
「……あ、の、嫌、やっぱり言いたくない」
「ティナ」
そろりと、脇腹から手のひらを這わせる。汗ばんだ肌がニュートの手にやわく吸い付き、腰のくびれ、肋骨、そのまま胸元を辿る動きにティナは弱い声を上げて震えた。ティナ、と促すように顔を寄せて、細く漏れる吐息を塞いでしまおうかという矢先、突如滑り込んだ手のひらに思いきり顔面を押し返された。
「いたたたた待ってティナ待ってごめんって」
「だって私、ただでさえ余裕ないのに」
「いや僕もないよ、ていうか君けっこう強いね」
「嘘」
どっちだ。余裕がないことも彼女が職業柄腕力のあることも本当だ。ぐいぐいとニュートを押し返す彼女の腕をひとまず引き剥がして、なにが、とニュートは当たり障りのない切り返しを選んだ。
「余裕ないなんてうそ」
「それ本気で言ってる?」
「きゃ……!」
ムードも何もないやりとりで意識の逸れていた結合部を軽く揺らす。くんと背をしならせたティナはやはりシーツを探って、おそらく無意識であろう、熱を持ち直す体に抗うように首を振った。
「ティナ」
「ほ、ら……っ、そうやって、あなたに掻き乱されてばっかりで」
「え?」
「どこかに縋ってないと、だって、ぜんぶあなたに持っていかれそうで——」
溺れてしまう。
彼女は消え入るような声でとんでもない爆弾を放り込んだ。
「き、みって、ほんとう……」
「だ、だってあなたが——んぅッ」
懲りぬ唇に食らいつく。
持て余した情動の遣り場が見つからず、手荒とわかっていながらニュートは小さな口腔をしつこく嬲った。縮こまる舌先を深くまで求めて籠絡し、押し付けるように絡めて苦しげな声を引きずり出す。くふ、とままならぬ呼吸にティナが喉を鳴らして、その声すら劣情を駆り立ててニュートの理性を揺さぶった。
「ッふ……ぁ、ニュート、まって、まだ私……っ」
「ずるいな」
「え」
「僕は君のことでいっぱいいっぱいなのに」
ゆると腰をひかせて、そのままゆっくり奥まで押し込む。緩慢に引いてもういちど。じっとり味わうような動きに彼女よりも彼女のなかのほうが明確な反応を返し、纏わりついて蠢くことで拾う快楽を彼女は明らかに持て余していた。
「あ……っ、い、いや、ニュート」
「君だけ、よそにすがって溺れてくれないなんて」
「それ、だ、め……!」
「ティナ」
惑う細腕を絡め取って、強情な手のひらを再び自身の背へと導く。ためらう指先が、けれどゆるゆる与えられる刺激にあっけなく陥落して、弱い声を噛み殺してニュートの背にすがりついた。くぐもる声、縮こまる細い肩、快楽に抗う彼女がもっとほしくて緩慢な動きから一転、ぐずぐずと奥を突き崩して熱を貪る。しなる背中に両手を滑り込ませて、ニュートはたまらず痩躯を掻き抱いた。
「ひ、あ」
こめかみから耳殻、頬に首筋と好き勝手に口づけて、密着させた肌をきつく抱き締めながら腰を揺さぶる。覗き込んだブラウンの瞳が熱に浮かされながらもゆらりとニュートをとらえた。為す術なくニュートにすがる指先が、く、と肌に食い込んで、その途端、溶けて滲んだはずの瞳がたしかに怯んだ。
「ッぁ……、や」
「いいよ、平気……、爪、立てて」
「や、だ、やだ……っ」
「大丈夫」
大丈夫。噛んで含めるように聞かせて、ニュートはとうに余裕をなくした吐息で彼女のそれを塞いだ。あつい。息苦しい。容赦なく揺さぶられて呼吸まで籠絡され、泣きの入った声であえぐティナが少しずつ理性をなくしてゆく。ティナ、と耳元で呼ばうと彼女はひときわ高い声をあげて、とうとう躊躇を捨ててニュートにしがみついた。
「ぁ、……っく、ニュート、ニュート……!」
「ティ、ナ」
ぎゅうとニュートに腕を絡めてうわごとのように名前を呼ぶ、それが理性に押し隠された彼女の本来の心だと思うとどうしようもなかった。溺れそうだと怯えて爪で傷つけることを躊躇い、それでもニュートを求めることも受け止めることも彼女は止められなかった。かたくなで堅牢たる彼女の理性はつまり、奥底からニュートを求める彼女自身の熱量に負けたのだ。
汗ばむ首筋に鼻先を寄せて口付けて、噎せ返るほどの熱にのめり込む。くらくらと揺れる思考はすでにまともでなく、おそらく、激しく揺すられながらもニュートを抱き返す彼女もそれは同様だった。いや、だめ、と震える声で限界を訴えて、ティナはニュートにしがみつきながら細い足でシーツを蹴った。
「ッぁ、あ……!」
かくんと痩躯がしなる。蓄積された感情と快楽がひといきに弾けて、ティナは高い声を上げて達した。蠢く内壁は先よりもずっと熱くてきつい。本能のまま奥のほうへ擦り付けて、ニュートも追うように吐精した。
「は……ッ、ティナ」
「ん、ん……っ」
縮こまるようにニュートの肩口に顔を押し付けて、ティナは小さく身を震わせながら荒い呼吸を繰り返す。ふ、と湿った吐息が互いの肌をかすめ、ニュートはたまらず抱きしめる腕に力を込めた。
「ニュー、ト」
「うん……」
「ごめんなさい、爪……」
掠れた声で呟めいて、ティナはゆると脱力した。食い込んだ爪が緩んでそこでようやく微かな痛みが走る。跡は残るだろうか、とニュートは少しだけ期待した。
「いいよ、僕が言ったんだし」
「あと重たい」
「ひどいな」
そのくせ彼女だって絡めた両腕を離さずにいる。髪に口付けるとティナがのろのろと頭をもたげて、熱の残ったくちびるを擦り合わせた。
「……ほんとうは、そう、あなたの言う通り、すこし不安だったの」
「だろうね、君って普段からひとに頼るタイプじゃないし」
「わかっててやったの? 悪趣味」
膨れるティナにニュートは笑って、だって本当のことだ、と弁明する。
だれかに頼ることも縋ることも良しとしない、彼女の自立志向は正義感や堅実さといった生まれながらの性分に根差すものだろうが、少なからず過去のつらい境遇も影響しているのだろう。長らく自らの手と足で自身を支えてきた彼女にとって他人に縋ることも身をゆだねることもきっと心許なかったに違いない。どうにか自分を見失うまいと理性のふちに掴まっていた手を引き剥がしたのはニュートだ。彼女はいい加減その手をひとに伸ばすことを覚えたほうがいい。
「まあ、僕が君に甘えてほしかったのもあるけど」
「結局それが本音でしょ、あなたってほんといい性格してる」
「シーツに縋るより効率的だと思わない?」
「もう、これだから学者って」
効率って、とティナが力なく笑いだす。
「結果を急ぐなんてナンセンスよ」
「そう? 僕意外とせっかちなんだ」
「しってる」
頬を合わせるようにすり寄って、立ち込める甘やかな香りに惹かれて白いうなじにくちづける。身をよじらせるティナはたしかな答えを出さず、それでもニュートに縋りついたまま、もう少し、と踏み込む猶予とニュートの体温をねだった。
(2019/02/11)