自堕落なアムールたち
雨が止まない。
さらさらと静かに降り続けるそれはいやに寒々しく、外界のあらゆる音を吸い取って不思議な静寂を生み出していた。まるでこの男と二人、世界から隔離されてしまったかのような。だけどそれは気が滅入るなと、月詠は詮ないことを考える。
雲が分厚く、外は白い。
男と宿に入ってずいぶん経ったようにも思うが、降り続ける雨のせいで時間の感覚もあいまいだった。今は何時だろう。
「……あのさァ、お前、集中してないだろ」
覆い被さる男が不満げに言う。外に向けていた意識をゆるやかに銀時へ戻し、月詠は負けじと不機嫌に目を眇めた。
「その気になれぬだけじゃ」
「もっとひでーよそれ」
大体こんな真っ昼間から。おまけに久方ぶりの逢瀬というわけでもなく、三日前に飽きるほど顔も肌も合わせたばかりである。逆によくその気になれるな、と月詠は呆れる思いだった。
「ぬしも飽きぬのう……」
「あァ? オメー、銀さんがわざわざ時間と金費やして会いにきたってーのに、随分な言いぐさじゃねえの」
「何を言っておる。時間を持て余しているのはいつものことじゃろ」
金に関してはたまたま臨時収入でもあったに違いない。いつもは月詠の部屋に押し掛けるか適当に人払いした万事屋に引っ張り込むかが精々で、いちいちというかわざわざというか、こうして馴染みのない宿屋で盛ることは珍しかった。
「まるで俺が万年暇してるみてーじゃねーか」
「否定できるものならしてみなんし」
可愛いげのない台詞に鼻白んだ顔をして、銀時は乱暴に月詠の首に噛み付く。
「痛……」
「ったく、これだから吉原の女はよ。イロが一人会いにきたところで大したことじゃねえってか」
「ぬしに言われとうないわ」
「ふん」
鼻を鳴らした銀時が舌を這わせて肌を降りてゆく。濡れた粘膜の感触にそわと肌が粟立ち、月詠は控えめに鼻で鳴いた。
「見る目ないねえ。俺ァこんな健気なのによ」
「健気が聞いて呆れるわ。ただの気まぐれでありんしょ」
「そう言いながら抱かれるオメーは何なんだ」
そのまま胸元に顔を埋める彼の髪に触れながら、さて、と月詠はうそぶく。
「気まぐれかの」
「言うねえ」
彼の右手がゆるゆると胸をさぐり、ついでのように親指の腹が先端を掠める。あ、と情けない声がついて出て、腹いせに猫っ毛を引っ張ってやった。
「愛を語ったところで笑われるのがオチじゃ。それも失笑レベルでな」
「そりゃお互いさまだ。俺が愛してるだなんだ言って、オメー、信じるか?」
「寒気がするわ」
「俺だって薄ら寒ィよ」
そんな台詞、といい歳して中二病全開の男が言うものだから月詠は笑ってしまった。薄ら寒いなどとどの口が言うのだ。この男の線引きというか、格好つけの基準がいまだによくわからない。
節くれだった指が肌をなぞり、ちらつく舌が胸を這う。たまらず身を捩ると、銀時がいやらしく目を細めた。
「その気になった?」
「たわけ」
はあ、と溜め込まれた熱を吐息ごと吐き出す。
「……なあ月詠、オメーが望むなら、いくらでも言ってやんよ」
唇がしこる頂に触れた。そのまま口に含まれ、舌でなぶられ、月詠は息を詰めて背をしならせる。反応するたび胸を突き出す形になってしまい、羞恥にさいなまれながらも体はやはり正直で。
「オメーが望むなら、銀さん、オメーだけの男になってやるぜ?」
「あ、戯れ言を……っ」
「強情だねえ」
てのひらが腹を這い、敏感な箇所を一瞬だけ掠めて太股を撫でた。ひくりと膝を揺らし、月詠は悦楽への期待を逸らすように顔を背ける。
「……そういう台詞なら、小指でも切り落とす覚悟で言いなんし」
「ずいぶん手厳しいじゃねえか。そう簡単に一人の男のモンにゃならねえってか?」
「それはぬしも同じでありんしょ」
面白くなさげな銀時を一瞥して、溜め息をひとつ。
「所詮口だけじゃ」
到底ひとりの女の傍に収まるような男ではない。彼の一番大事なものはもっと他所にあって、それは月詠も同じだ。彼の一番にはなれない。彼を一番にはできない。
けれど、同じだからこそ、情の真偽などただの戯れ言とあしらって、後腐れなく触れられるのもまた事実だった。
「かぶき町の男に、まっとうな恋情など期待しておりんせん」
「吉原育ちの女に言われたかねえな」
「まったくじゃ」
かぶき町の男と吉原の女。お似合いではないか。
「まるでゴッコ遊びじゃの」
「いいねえ。大人のゴッコ遊び」
銀さん張り切っちゃおうかなとうそぶく男に、望むところじゃと心にもない煽り文句を返す。本格的に熱を探り始めた指に体を震わせて、月詠は少しだけ外に気を向けた。
止まぬ雨。遮断された世界。巫山戯たゴッコ遊びにうつつを抜かす男と女。
ろくでもない情もあったものだと、月詠は自嘲しながら目を閉じる。