カルミナ・ブラーナ
好きだと告げた。
女は、そんなものはないと言って笑った。
「罰ゲームか? 真の愛など吉原にはありんせん。ここにあるのは金と偽りに汚れた愛だけじゃ」
「……ほーう」
ふかりと紫煙が室内に漂う。月詠の口ぶりは寒々しい愛にもその真偽にもまるきり頓着していないように聞こえた。どうにも行き違ってるな、と銀時は険呑に目を細める。
「じゃあなに? おまえの俺に対する愛はなんなわけ?」
「——そっ」
「偽り? ニセモノ? 腹の底じゃ俺のことなんかどうでもいいわけ?」
「……」
「何とか言ったらどうですかァ、太夫」
勝ち気な瞳がうろと目線を彷徨わせる。言外の否定。分の悪さ。それらがすべてを物語っている。
銀時は細い腕を乱暴に掴んで引き寄せた。その拍子に煙管が落ちそうになって、あぶない、と月詠が慌てて持ち直す。
「なにをする。そもそもぬしに対する愛など」
「おめーの考えることなんかわかってんだよ」
「聞け!」
声を荒らげる月詠に、そんなことどうでもいいと銀時は突っ返した。本当にどうでもよかった。たとえエゴだと言われても、彼女の自分に対する愛の真偽よりも、自分の彼女に対する愛の切実さのほうがよっぽど重要だった。
「どうせ自分には愛される資格ないとかくだんねーこと考えてんだろ」
「知ったような口を」
「わかんだよ俺には。無償のモノってのは怖ェよ。俺らみたいに手を汚しちまった奴にとっては特にな」
たくさんの血を見た。たくさんの命を奪って見捨てて恨まれた。そんな自分たちが愛されるだけなど許されるはずがない、きっとどこかで代償を払わされるのだと、そう思わねば、失ういつかが怖くて受け止められなかった。理屈のない優しさも。理屈のない愛情も。
「なァ月詠。だけどお前は、手を汚したぶん護ってきただろう」
日輪を。吉原を。百華の部下たちを。
「人を大事にできる奴は同じぶん人から大事にされんだ。そこに見返りなんかいらねェ。日輪も百華の奴らもお前が大事だから大事にしてんだ。お前もそうだろーが」
ぞんざいな口振りとは裏腹に、銀時は慎重な指先で美しいかんばせに刻まれた傷をなぞる。やわい頬の傷を、それが終われば額の傷を。
居心地悪そうに身じろぐ彼女を無視して、銀時は引き寄せる腕に力をこめた。
「わ、わっちに、そんな資格など」
「あァ? お前、そんなに銀さん怒らせたいの?」
「なんでぬしが怒るんじゃ!」
「そりゃ怒るっつーの」
ぐいと唇を塞いだ。数秒の沈黙。
固まる月詠を睨むようにして、銀時は彼女を逃さない。
「自分の気持ちを偽物だと言われて、どう思う」
「う……」
「空気読めちゃうツッキーならわかんだろ」
窮する月詠はうろうろと反論の言葉を探して、やがてふるりと首を横に振った。わからない、と小さく呟く。
「だって、わっちにとってそれは幻想じゃ。決して手にできぬ幻想だと言い聞かせてきたんじゃ。それを突然現実だと言われても、どうすればいいのかわかりんせん」
「これからわかってきゃいいよ」
「わっちは女を捨てた女だぞ。愛し方も、愛され方も知らぬ女じゃ」
「俺が教えてやる。ていうか、だからお前は知ってんだって。気づいてないだけでよ」
まだわかんねえかと、銀時は思わず笑った。苦味が滲んで、それと同じくらい優しさも滲んでしまって、そんな表情をとれる今の自分がなかなか嫌いではない。
「お前がわかるまで、納得するまで、俺なりにちゃんと愛してやるよ。だからお前なりの愛ってやつを俺にもちょーだい」
「どうやって……」
「あん?」
普段通りを装おうとしてぞんざいな口調を試みたが、戸惑う月詠の頬を包み込む、その手つきに優しさが滲んでしまってどうしようもなかった。これのどこに偽りがあるのか。溶けるようなこの感情をどうしたら伝えられるだろう。
駄目だこれは。もう重症だ。
繕うことを諦めて、銀時は素直に目許を和らげた。
「そりゃ、今まで通りでいいんだよ。簡単だろ」
ぽかんとする月詠がいじらしくて、銀時は笑いながら彼女の唇を掠め取った。