ジャック・オ・ランタンのくしゃみひとつ
地上は賑やかで地下も賑やかで、おォおォよくやるなあと俯瞰を装いつつ、あわよくば甘味のひとつやふたつ、とのらくら歩いていた銀時は、案の定というか、こんな日でさえ殺風景な女と行き合って呆れた。
「……お前さー、なんつーか、季節感ってモンねーの? 年中同じ顔っつーか同じテンションっつーか、萎えるわー」
「やかましいわ。仕事中に焼け野原見渡す羽目になったわっちの身にもなってみなんし」
「それな。それ。その憎まれ口も銀さん聞き飽きた」
「張っ倒すぞ」
何の用じゃ、と月詠は味気ない声で訊く。実に儀礼的というか機械的だ。ろくな答えなど期待していないことは明らかで、彼女のその姿勢は実に正しく、吉原に赴いたことに関してたいそうな理由は現状持ち合わせていない。
「いやあ、吉原のハロウィンってどんなもんかなーって。目の保養感プンプンすんじゃん」
「相変わらず情操教育にも悪影響な天パじゃな」
「いやウチむしろガキどものほうが悪影響だかんね。天パかんけいなくない?」
「表の通りでも覗いてきなんし。賑やかだぞ」
「知ってるっつーの」
好奇心があったことも事実なので先に覗いてきた。慣れぬ格好をした顔馴染みとも出くわしているし、飴だのチョコレートだのもいくらかおこぼれにあずかっている。その上最終的にはひのやで待つつもりだった女も捕まえたのだから、ハロウィンもなかなかどうして捨てたものではない。たとえ捕まえた女が相変わらず仕事で相変わらず不愛想だろうと。
「にしたってオメー、それじゃ逆に浮くだろ。いつも通りすぎんだろ。浮かれろよ少しゃ」
「仕事中に浮かれてどうする。年中浮かれハロウィン野郎のぬしと一緒にするな」
「ハア? 言っとくけどな、まじ、お前だけだかんな! よそさま見てみろ、ねこみみにセクシー魔女にサキュバス!! なんでお前だけ通常運転なんだよ!! 地下鉄か!!!」
「なんの話をしておる」
付き合ってられん、と月詠はいたってクールだ。ふかりと紫煙を吐き出してさっさと仕事に戻ろうとする。銀時は慌てて月詠の後ろをついて回る。
「だいたいなんなの? ハロウィンしらねーの? これだから世間知らずはよォ! 百華の頭領が聞いて呆れるっつーの」
「世間知らずで悪いか。常識知らずのぬしよりはマトモじゃたわけ」
「そのたわけってのも気取ってるよねー! 上じゃいねーよそんな言い方するやつ」
「ううううるさい! 何も好き好んで使っとるわけじゃありんせん! ばっ、ばあか!!」
ゴン、と銀時は傍らの塀に頭をぶつけた。ばあかで振り向いた月詠の顔は赤く、どうしてそこで照れるのか、どうしてそこで殺風景をかなぐり捨ててしまうのか、銀時には理解できない。理解できないが、とりあえず、ぐうかわ、とうめいてうずくまる。
「……何をしておる。というか本当に何しにきたんじゃ。沸いて出てきたかと思えば喧嘩売って馬鹿にしてうずくまって」
「死神太夫に罵られにきまシター」
「嘘つきなんし。気色の悪い」
銀時はうずくまったまま、もぞりと頭だけ起こして月詠を見上げる。かつて外界と遮断されていたこの街も、今では地上の人間と同等に娯楽を享受し、イベントに沸いて、浮かれて、なのにこの女ばかりやれ仕事だやれ立場だといちいち堅苦しい。
どうせこんなことだろうと思っていた。
だからわざわざこんなところまで様子を見にきてやったのだ。
「……じゃーそんな、マトモに人も罵られないツッキーに、外の世界教えてやらあ」
「はあ?」
「イベントの楽しみ方っつーもんを教えてやんよ。今日みたいな日はなァ、そんなつまらなそーな顔は野暮ってもんだよ、太夫」
立ち上がって手を取る。は、と引き気味の月詠に構わず手を引き、ぐいぐいと一番の賑わいを見せる通りへ向かう。なんじゃ急に、と声を荒らげる月詠に銀時は笑った。
「ガキどもがヘッタクソな仮装して街ンなか練り歩いてんの。店もそこかしこでハロウィンキャンペーンだぜ。街中の飾りはそりゃセンスはねェが、賑やかだしな、あと、そろそろ一騒動起きてんじゃねーの」
「銀時」
「退屈しねえぜ。地上も地下も。満喫しようや」
仕事を押し付けながら。吉原のイロモノじみたハロウィンを満喫しながら。地上のやかましいハロウィンを満喫する。銀さんイチオシのハロウィンコース、と決まらぬドヤ顔で月詠を振り返った。
「あとあまーい決め台詞も教えてあげる」
「……なんじゃ、そっちが本音ではないか、この色情魔!」
突っ込む月詠の耳が少しあかい。けれど握った手は振りほどかれることなく、銀時の押し付けがましい優しさをそっと握り返してくれた。
(2013/10/31)
地下鉄だけ通常運転ってのはどこのエリアで通用するあるあるなんだろう。銀さんの言うよそさまがよそさまの二次創作という意味だったのは無駄に覚えてます。