愛の虚言をうたう
 陸奥はこめかみを押さえた。頭が痛い。 「……説明してもらおうか」 「おーおー。こわいのう陸奥は。凄むと一層美人ぜよ」 「おちょくっとるのか貴様」  痛む頭で考える。今日はたしか大きな商談があって、だからゆうべも遅くまで打ち合わせを重ねて、今朝だって隊士たちの挨拶は気合が入っていてやかましかった。本来なら今ごろ先方の指定した取引場所に到着していたはずである。  そう、本来なら。  目下のところ、陸奥は、坂本は、快援隊は、地球にいる。 「どういてわしらの知らんうちに目的地が変わっちょる」 「わしらじゃないろー。陸奥だけじゃ」 「うそつけクソモジャ」 「本当じゃあ。他はみんな知っちゅうきに」  坂本はアッハッハと笑って陸奥の神経を逆撫でした。なんだこの男、と陸奥は鼻白む。なんだこの男いっそくたばればいい。  自分のあずかり知らぬところで何かが起きてそして決められ、あとになって知らされた陸奥はすでに相当苛立っている。さらにそれを高らかに笑い飛ばす坂本の神経もわからない。付き合ってられるか、と陸奥は踵を返した。 「付き合いきれん。おんしゃさっさとおりょうちゃんのとこにでもどこにでも行け」 「そうはいかんちや。拗ねるな陸奥」 「誰が拗ねるか」  後ろから羽交い締めにされ、陸奥は反射運動で坂本の顔面に裏拳を叩き込んだ。なかなか綺麗に決まった。情けない呻き声が聞こえたので与えたダメージも上々である。そのまま解放されるかと思いきや、坂本は凶器となった陸奥の腕をとらえ、不格好に陸奥を抱き込んだままへらへらしている。頭どころか痛覚までぶっ飛んだか、と陸奥はさすがに危ぶんだ。 「いやあ、まっこと容赦ないの」 「離さんか毛玉。ぶっ放すぞ」 「そがァ物騒なこと言うもんじゃなか。説明するきに、機嫌直してくんろ」  ぱ、とでかい体が退いたかと思うと体を反転させられた。頭二つほど高いところで坂本が笑っている。色眼鏡の向こうで彼の双眸がなにを映すのか、陸奥はいつもわからない。 「先方がの、条件出してきちょった」 「はあ?」 「舐められちょったんじゃろなあ。一昨日になって突然じゃ」 「なにを」  陸奥は屹と坂本を見上げる。笠が邪魔だ。 「一昨日じゃと。わしの知らんとこで一体どがあ条件」 「おまんを」  捲し立てる陸奥の言葉を遮るように、坂本は声を強めた。でかい手が浮いて、視界を邪魔していた笠を攫っていってしまう。 「おまんを、試させろ、ちゅう」 「――」  陸奥は言葉を失った。 「冗談でも笑えん。許せん。じゃき、白紙」 「白紙っておんし、勝手に」 「みんなにも聞いたちや。満場一致ぜよ」  おかしい。様子からしてこのことは隊士たち全員が知っていたようだが、だったら一部の隊士がそれを陸奥に漏らしていておかしくない。こんな大規模なことが何故自分の耳に入らなかったのだろう。  するとまるで陸奥の思考を汲んだかのように、坂本がわらった。 「おまんが知りゃあ間違いなく条件を呑もうとする。なるだけ勘付かれんようにと話し合った結果がこれじゃ」 「会議まで開いたか……」 「おお、驚いたぜよ。みんなこの熱心さを普段の仕事にも活かせないもんかのォ」 「貴様が言うな」  苦し紛れの文句さえ綺麗に流して、坂本はぽんぽんと陸奥の頭を優しく叩いた。いやあ大成功じゃと呑気に笑っている。 「ほんに驚いた。一人や二人、口を滑らせてもおかしくないと思うちょったんじゃが」 「……」 「愛されとるのう、陸奥は」  妬けるちや、と言って坂本はまた笑った。  陸奥は坂本の手を払って今度こそ踵を返す。一応かたちばかり、やってられん、という空気を醸しながら、けれどそんなものがこの男に通用しないことも知っている。 「おお、今度は照れゆう」 「うるさい。ハゲろ」  まったく腹が立つ。  笠を取り返すのを忘れていたが振り返るのも癪で、陸奥は歩きながら後ろの男が追い掛けてくるのを待った。
(2011/10/12)

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