まなざしの雄弁
 艦の改造についてやったやってないの口論を副官とひとしきり繰り広げた後、坂本はやれやれと言いながら再び銀時のもとへ戻ってきた。こいつは一体振り回しているのか振り回されているのかどっちなんだ、と銀時はいまひとつ彼らの関係性が見えない。陸奥とは以前遭難した際に顔を合わせているが、その時点では彼女が坂本に振り回されていると思って同情したものだ。 「ほんにあのはちきんはのー」 「……なんでもいいけど。俺ァそろそろ帰るわー、あの鉄仮面にもよろしくな」 「おお、そうじゃ、金時」 「だから金時じゃねーって」  言ってんだろ、というところで坂本が片足を振り上げた。すんでのところで避けた銀時は、ありゃ空振りじゃと笑う坂本に思わず木刀を構える。 「なにしやがんだ辰馬!!」 「いやァ」  坂本はからりと音を立てて足を下ろした。平時と変わらぬトーンで笑ってはいるが、むしろ笑っている分なんだか薄気味悪い。たぶんサングラスのせいだ。実は目だけ笑ってないのでは、と銀時は木刀を収める。 「いやまじで何? お前怖くね?」 「うちの副官にセクハラ発言しちょーたことば思い出しての」 「えっ、何、俺が?」  またいつ蹴りが飛んでくるかわかったものではない。じりじり身構えながら記憶の糸を辿り、やがて銀時ははたと思い至る。恥骨砕いてやろうか、のくだりだ。 「いやいやいやいやあれはホラその場のノリというか、ね、こう、とりあえず言っておいた的な」 「カイエーンの件がなけりゃァその場ではっ倒しちょーたが」 「過去形? さっきの何!? お前ぜんぜんこの場ではっ倒そうとしてんじゃん!?」  銀時は喚きながら両手を上げる。普段怒らない男の圧とはこういうものか。あまり人のことを言えた立場でないが、日頃ふらふらしている男ほど腹の底が見えず正直控えめに言ってかなりこわい。 「ちょ、マジ、ホント反省してます」 「手ェ出しなや」 「出すかァァァァ!! つうかお前ちょっとグラサン取ってみ、絶対笑ってねえだろ」 「アッハッハー」  坂本は笑って流した。色眼鏡を外すまでもない、うそ寒い笑い声が彼の本音を物語っている。  こわ、と銀時は両手を下ろした。 「……なあ、あの陸奥って女、お前のコレなの」 「んー?」  自分に負けず劣らず何を考えているのかわからぬ男である。そんな男がこうも露骨で生々しい執着を隠そうともしない。なんだか噛み合うようで噛み合わぬ姿だった。あの坂本辰馬が。執着。  むろん執着は理解できる。銀時にだって身内と呼べるそういう存在がいる。けれど彼がひとりの女にこだわる理由、それがたとえばありふれた恋情だとしたら、それはなんだか興醒めだと思うのだ。なんというか、戦も戦友もほっぽって宇宙に飛んでしまう馬鹿な友人なら、もっとこう。 「いんやァ」 「は? 違うの?」  銀時は拍子抜けする。  坂本は見透かすようににやりと笑った。 「そがァ安っぽいもんじゃないき。あれはわしのモンじゃ」 「あ、えー、なにその中二くせー独占欲……お前やっぱそのグラサン腹のドス黒さ隠すためのもんだろ。な、そうなんだろ」  銀時はようやく得心がいった。健全な色恋など小さすぎて坂本辰馬には似合わない。本人も言ったがそんな安いものではなく、彼らはおそらくもっと根深くてややこしくてこんがらがった関係を育んでいる。残念ながら今まだ彼らの関係性をあらわす言葉は江戸にはないけれど。 「つーかお前って執着とかそーいうのあったの」 「おお、自分でもビックリぜよ」 「あっそ……」  実感などなさそうな口ぶりである。ある意味ひどく厄介な男に捕まったのだろう、あの陸奥という女。 「あのネーちゃんも苦労すんなあ」 「ほがなもんあれが一番よーわかっとるきに、心配無用じゃあ」 「いやお前が言っちゃダメじゃね?」  銀時は心から彼女に同情した。この天然馬鹿に翻弄され、負けじと振り回したところで坂本は面白がるだけに違いない。振り回されて辟易し、振り回したところでまた辟易し、頭が切れるぶん日々馬鹿馬鹿しくて仕方ないだろう。  それでも陸奥は坂本のそばにいる。  商人のくせに勘定が下手だ、と銀時は呆れた。 「……まーせいぜい仲良くやれや」 「おまんもなァ」 「あん?」 「わしゃおまんのほうが意外だったぜよ。あの嬢ちゃんと眼鏡くん、大事にしやー」  坂本がひらりと片手を振る。侮れない男である。  口角を上げるだけで、銀時はあえて何も返さなかった。どう言い繕ったところであの色眼鏡のむこうで笑われるのが落ちだ。 「あ、いたいた銀さん」 「銀ちゃーん、帰るアルよー」  呼ぶ声がする。  銀時は踵を返してだらしなく右手を振った。また遊びにくるきーと能天気な声を背中に受けながら、そういえば宇宙でごたごたやってる間定春はどうしていただろう、と家の食料に思いを馳せる。 「あ」  そうして脈絡もなく思い至る。 「辰馬ァ、病気うつしてやるなよー」 「アッハッハ、余計なお世話じゃー!」  肩越しに振り返った坂本は馬鹿みたいに大きく手を振っており、いや実際馬鹿ではあるのだが、彼女のためにもせいぜいずっと馬鹿でいてくれ、と銀時は知ったふうに笑った。
(2012/06/01)

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