Monopoly
 妙にテリトリー意識の強い坂本は基本的に艦にまで女を連れ込まない。この基本的にというところが少々厄介で、たとえばたんと稼いだあとだとか、地球で引っ掛けた女がことのほか乗り気だったとか、ただ単純にそういう気分だったとか、大小さまざまな条件がいくつか重なり合うと早朝彼の部屋から女が帰ってゆくという胸糞悪い光景を見る羽目になる。  酔っていたのだと男は主張した。けれど酔っていようがいなかろうが陸奥には同じことだ。鼻につく匂いを残して女が坂本の部屋から去っていったという、目にした事実たけがすべてだった。  そもそもが言い訳ではなく主張である。  坂本の女癖などとうに諦めはつけている陸奥も、さすがに自身の居住空間とも言える艦に女を連れ込まれるのは良い気がしない。その上で反省もせぬ男に当然というべきか、堪忍袋の緒はぶち切れた。  やきもちか、とへらへら蛇をつつく坂本を盛大に蹴り倒して以来、ろくに目も合わせていない。  くわえて陸奥の負けん気の強い、見ようによっては損とも言える性分は事態を悪化させる一方であった。 「陸奥?」  朝と言っても快援隊にとっては遅いうちに入る時間帯である。  自室から顔を覗かせた体勢の陸奥は、不自然に止んだ下駄の音と彼らしからぬ怪訝そうな声に、緩慢に視線を巡らせた。  陸奥の格好はほとんど部屋着のままである。  部屋から顔を出していたのも部屋を後にする男の背を見送っていただけで、つまり、かつて陸奥の機嫌を損ねた光景をそのままひっくり返して再現した形になる。  陸奥は何も見なかった、何も聞かなかったふりをして、あからさまに視線を通過させた。 「むっ……」  今日は一日休みである。  二度寝でもするべく陸奥は部屋に引っ込んだ。  わずかに視界を掠めた、間抜けたつらが脳裏に張り付く。ざまをみろ、と陸奥は胸中で悪態を吐いた。 「陸奥!」  今にも閉まるというところの扉の隙間から、名を呼ぶ声と、あろうことか指が滑り込んで、陸奥はぎょっとなって手を離した。  阿呆か、危ない、不機嫌も忘れて罵声を浴びせようと口を開き、けれど声になる前に飲み込んでしまった。  力ずくで押し入ってきた男が荒々しく陸奥の肩を掴む。彼の背後で音を立てて扉が閉まり、思わず後退ると逃さぬとばかりに坂本は陸奥を引き寄せた。 「ふざ」  けるな、という発声は今度も許されなかった。  陸奥の両肩を掴んだまま、坂本がひたと陸奥に視線を据える。不機嫌とも少し違う、どうやら怒っているらしい坂本の様子は、やはり陸奥の不機嫌を煽る以外になかった。  陸奥のそれは笑い飛ばすくせに自分のそれは陸奥に押し付ける。  身勝手にもほどがある。 「何のつもりじゃ、陸奥」 「貴様と同じじゃろ」  近い距離だ。剣呑に細められた双眸が色眼鏡の向こうにうっすら見える。なぜこちらだけが責められなければいけない、と陸奥は鼻白む。 「おんしが普段ヘラヘラやっちゅうことをやったにすぎん」 「ほがな屁理屈聞いちゅうがじゃなか」 「屁理屈も捏ねん男が何を言うちゅう」  坂本が言葉に詰まった。言い返せくそったれ、と陸奥は遮二無二腹立たしい。 「……屁理屈捏ねたところで怒るろー」 「おんしじゃち今怒っちゅうやいか」  不毛な応酬だ。どこまで繰り広げても互いに折れぬことは確かで、こういう時こそのらりくらりと陸奥の不機嫌をかわして宥めにくればいいものを。  妬いちゅうか、と自棄っぱちに言葉をくれてやった。あァ、と坂本はこともなげに応じる。 「妬いちゅう。胸糞悪うてたまらん。わしゃ自分のテリトリーに女ば連れ込むことも嫌やが」 「酔ったノリで連れ込む男が何ば言うちゅう」 「おまんのテリトリーに知らん男が入り浸っちゅうことのほうがよっぽど嫌じゃ」  ならば自分も酔っていたと言えば納得するのか。陸奥のなけなしの反論は坂本に飲み込まれた。  あまりに急にがっつくものだから歯がぶつかった。痛いと文句を言う口から舌が潜り込む。無茶苦茶だ。嫉妬か自己主張か持て余した衝動かは知らないが、都合の悪い反論を聞かぬようにしているのだから駄々をこねる子どもと大差ない。  崩れそうな膝をどうにか支えながら、陸奥はあらん限りの力で坂本をひっぺがした。 「――言うちょくが」  乱された呼吸が癪で、陸奥は極力低く抑えた声でうめく。虚勢とでも何とでも言えばいい。 「先に妬いちょうたがはわしのほうじゃ」  ぴくりと眉を動かした坂本の色眼鏡を引き抜いて無造作に放る。細められた瞳が姿を見せて余計に陸奥の不機嫌を煽った。  先に怒っていたのは陸奥のほうだ。こちらにだって嫉妬を晴らす権利はあるだろうと不機嫌な顔のまま、陸奥は今しがた突っぱねた胸倉を掴んで引き寄せた。
(2013/09/01)
過去サイトの記念リクエスト「どちらかの浮気疑惑→大喧嘩→砂はくほど甘い仲直り」
疑惑でもないし砂も吐いてないし改めて見るとリクエストひとつも汲めてねえ

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