うしろ手のそらごと
 すらと襖を開けるとクナイの切っ先が揃ってこちらを向いていて、銀時は思わずぎくりとしてまった。 「……なんじゃ、何を怖じ気づいておる」 「いや、ふつーの人間ならビビるっつーの。なにこれどんなトラップ」 「手入れしているだけじゃ。入るならさっさと入りなんし、寒い」  素っ気ない催促にはいはいと口を曲げながら、部屋の戸を閉めてどっかり座り込む。物騒に並ぶクナイの向こうがわ、得物をひとつひとつ磨く月詠はこちらに見向きもしない。 「……律儀だねェ」 「普通じゃ。ぬしもたまには労ってやったらどうじゃ、その木刀」 「いやまあ労うっつーか自分から出番かっさらいにくるし、シリアスもクソもねーし、いんじゃね」 「はあ」  何の話を、と一瞥された。完全に不審がる目付きだ。多少のメタ発言くらい流してくれないものかね、と銀時は首を鳴らす。  さり、と金属と畳の擦れる音がやけに冷たい。かいた胡座に頬杖をつき、銀時はふてぶてしい格好のまま彼女の綺麗なかんばせを眺めた。伏し目がちの表情までどことなくひんやりとして見えて、なんだかなあ、となる。 「……オメーはさあ、そんなんより自分のこと労ってやったら」 「何を言っておる。このクナイはわっちのかわりに血を被ってくれてるのだぞ」 「そういう話?」 「ぬしもことあるごとに血塗れじゃろ。どうじゃ、人の血は」 「どうってな」  どうもこうもない。  ぼりぼりと頭を掻く銀時に向けて月詠がクナイを放って寄越した。銀時は反射的にキャッチする。戦いのさなか彼女のクナイを拝借することは何度かあったが、改まって手にするのは思えば初めてだ。  手中に収まったクナイは、思っていたよりも重く、思っていた通りに冷たかった。 「……わっちゃ嫌いじゃ。なまぬるくてどうにも不愉快での」 「……まあ、好きって物好きもそういねえだろ」 「そうか? ぬしの周りにはうじゃうじゃいそうじゃ」 「もれなく中二か敵顔だっつーの」  なんとなく切っ先を指の腹でつついて、あいて、となった。何をやっておる、と月詠が笑う。 「ずいぶん前に、一度、全身に血を被ったことがあってのう」 「ふうん。重かったろ」  くるりとクナイを回す。驚いたように銀時を見た月詠が、やがて、ああと息をつくように笑った。諦観の滲む笑いかたで、そんな笑いかたなどとうに見飽きていた。 「重いわ、血なまぐさいわ、人間くさいわで、吐いてしまった」 「へェ、お前がそんな醜態をねえ」 「その一度きりじゃ。あとは己が身のかわりにクナイを血塗れにさせて、多少浴びた血は洗い落として、飯を食って寝る」 「人間だしな」  人間か、と月詠が言葉を取りこぼす。互いに口にした人間という言葉がどうにもうすっぺらい。血を流す人間と、血を被る人間と、どうしたって同じ生き物とは思えなかった。 「……死神の血ってのァどんなもんかね」 「さてのう」  月詠が肩をすくめる。銀時はクナイを畳に転がしてのそりと立ち上がった。 「冷たそうじゃの」 「テメーのツラと似たようなもんだな」 「ぬしは夜叉の子だったか。オニの血はどうじゃ」 「さあな。赤いといいが」  彼女の前に腰を下ろして白い手から物騒な得物を抜き取る。月詠の双眸がひたりと銀時を見上げた。冷たい瞳に映るのはどこかの寂寥だ。人間の名残かな、と銀時は詮ないことを考える。 「安心しろよ」  両の手で頬を包み込み、少し乱暴くらいの力でぐいと引き寄せた。冷たい頬がじわりと掌の熱につられていく。 「いざって時ァ俺がオメーの血を被ってやるよ」 「物好きな」 「そんで人間くさいっつって吐いてやる」  ふと瞠られた瞳がすぐに和らいだ。滅多に見ぬ柔らかさで月詠が破顔する。 「……何を。人間じみたことを」  吐き捨てる言葉はどこか空々しい。人間ぶって何が悪い、と銀時は纏わりつく空虚感を強引に揉み消す。  死神の名も夜叉の名も呪いのようなものだ。自分たちの手が人間の血に染まる限りこびりついて離れない。それくらいの覚悟はある。  月詠が諦めたように笑う。その笑いかたが美しくて目を細めた。人間じみた感傷だ。せめてもう少しと銀時は欲張りを承知で、人間らしい体温を求めて体を寄せた。
(2014/03/16)
過去サイトの記念リクエスト「お互いの傷を舐め合う二人」
このリクエストでシリアスにならないあたりらしさを感じる。

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