アンラッキーゲーム
 世間ではその感情を女々しいと呼ぶらしい。自分らしからぬそれに急に嫌気がさして、その日、陸奥は上司の迎え役を放棄した。道端でのたれるなら勝手にしろ、帰ってこないならそれも勝手にしろと、自室で一向に減らない仕事を処理している。  坂本が帰ってきたのは零時を回った頃である。  真っ先に陸奥の部屋を訪れた坂本はどうやら怒っている様子で、さすがの陸奥も少々驚いた。帰ってきたことと、怒っていることと、酒に呑まれている気配のないこと、それらに少しずつ。 「どげして迎えにこんかった」 「何ば甘えたこと言うちゅう。わしゃおんしの副官であって子守役じゃない」  そう毎度毎度都合の良い部下であってたまるか。腕を掴んできた手を払い除け、陸奥はあくまで冷たく言い放つ。  驚いたのは次の瞬間である。乱暴に頬をおさえられ、酒臭い唇が荒々しく陸奥に触れた。馬鹿かこいつ、と陸奥は力任せに坂本の体を引き離す。 「盛るならよそでやれ。酔うちょるなら寝ろ。なんでもえいがとにかく絡むな」 「なんじゃあ」 「見てわかるろ。機嫌が悪いんじゃ」 「おお、奇遇じゃの、わしもぜよ」  言うや否や床に押し倒されて陸奥はしたたかに背中を打った。普段ならこんなひどい迫り方はしない。酔っていたってしない。服を剥ぎにかかる坂本に抗いながら、陸奥はアルコールに潜む真意を探る。 「やめろ! どういてわしが貴様の捌け口なんぞに……っ!」  ぐいと胸元をくつろげられ、触れた外気の冷たさに体が震える。肌をなぞる所作は手慣れていて、そんな手で触るなと叫びたくなった。 「おまんの目に」 「なん」 「この目にいつでも映っとらんと、わしゃあ気が済まんのじゃ」 「なんの話じゃ!」  坂本は答えずにふと口元を歪めた。笑ったのか、と陸奥は寒気を覚える。もとより測りきれぬ人間ではあるが、こんな笑い方をする男ではなかった。  首を傾けた坂本が陸奥の首筋に歯を立てる。甘噛みなんて生易しいものではない。驚きよりも痛みのほうが勝って、陸奥は小さく悲鳴を上げた。 「いい加減にしや坂本!」 「黙っちょれ」  暴れた拍子に手がぶつかって坂本のサングラスが弾け飛ぶ。かしゃんと滑稽な音が場違いに響いて、気を取られた一瞬の隙に腕を掴まれた。晒された瞳があまりに凶暴で陸奥は声も出ない。  手首に坂本の指が食い込む。やめろとかろうじて発した声は震えていた。まるで懇願するかのようなそれが情けなくて、陸奥はたまらず目をきつく閉じる。 ***  感情のこもらぬ行為よりきっとたちが悪い。彼の瞳も手も声も容赦なく陸奥を求め、陸奥は痛いほどの激情を全身に受けている気分だった。まるでナイフのように鋭い感情を。 「は……ぁ、あっ」 「陸奥……」 「ッ、ぃ、た……ぁっ、や……!」  坂本が陸奥の肩さきに歯を立てる。すでに体のあちこちに歯形が残っていた。苦痛と快楽に感覚をすべて持っていかれ、陸奥は抵抗とも呼べぬ抵抗で身を捩るほかない。 「さ、か、もと……ッ」 「なんじゃあ、噛まれて感じとるんか」 「……っ、しね下衆」 「口の減らん女じゃ」 「ッあぁ!」  ぐずぐずと指先が内壁をえぐる。強ばった爪先が床を蹴った。背を反らすと胸に噛みつかれ、陸奥はさらに高い声を上げる。 「ほお、痛いほうがえいか。好き者じゃのォ 」 「……っ」  かっと陸奥の頭に血が上った。羞恥とも屈辱ともわからない、もしかしたら怒りか。名もわからぬ感情が行き場をなくし、陸奥の視界がじわりと滲む。最悪だ、と陸奥は唇を噛んだ。堪えることもかなわず、生温かい液体がこめかみを伝う。 「ありゃあ、泣かしてもーたの」  坂本は笑っている。陸奥はこんな男を知らない。  陸奥の知る坂本という男はもっと馬鹿でもっと愚直で、けれど最後にはいつも優しかった。陸奥を泣かせたとあらばどういた痛かったかとやかましいほどに狼狽える。泣きなと不器用な手で陸奥をあやそうとする。手のひらも、眼差しも、こんなにこわいものではなかった。 「えいのう、その顔」 「み、見るな」 「そそられるちやー」 「あ……!」  明らかな意図を持って坂本のそれが膣口にあてがわれた。腰を引かせた陸奥をやんわり押さえつけ、馴染ませるようにゆっくりと媚肉を押し分ける。ううと息を詰める陸奥の眦にふたたび涙が滲んだ。 「も、う、嫌じゃ……」 「陸奥?」 「女、なんぞ、いらん」  だから嫌なのだ。彼といると自分が女であることをまざまざと思い知らされるばかりで。  他の女に絡む坂本を見るたびに嫌気がさした。坂本に対してではない。奥のほうでくすぶる醜い女の部分が、他の女に嫉妬する心が、自分をただの馬鹿な女にしてしまいそうで怖ろしかった。だからもう、いっそ見なければいいと坂本ごと投げ出したのに。 「どういて」 「――ッ!」  ぐ、と坂本が一気に腰を沈めた。陸奥は声にならぬ悲鳴を上げる。 「ほんに欲しいち思うおなごはおまんだけじゃ」 「ほがあな、聞きとうない……っ」 「陸奥だけじゃ。ほれなのに」  獰猛な瞳が陸奥を捕らえる。逃げることもかなわず、いやだと陸奥は首を振った。いらないと訴える。いやだ。いらない。自分の内にある女なんて知りたくもない。  坂本はゆっくりと陸奥の体を揺さぶった。 「どういてじゃ」 「あ、う」 「陸奥」  坂本が目を細める。陸奥、としつこく呼んで頬を寄せる。吐息まじりの低い声音が耳朶を震わせ、陸奥はたまらず顔を背けた。彼の唇が耳に触れて執拗に名を呼ぶ。陸奥、と脳髄に直接響くような声。  陸奥は息を詰めた。 「締まったなァ、陸奥」  最悪だこの男。 「おんしゃあ女じゃ」 「っ、ひ」 「ほがなもん捨てるもんじゃなか。どういてわからん」 「ぁ、や、やめ、坂……ッ!」  徐々に律動が早まり、追い立てるような動きに陸奥は高く声を震わせた。羞恥に堪えかねて唇を噛み締めると、坂本の指が無造作にねじこまれる。陸奥は腹いせに思いきり歯を立てた。痛いやいかと笑う坂本がどこまで痛がっているのか知らないが、どうせたいした程度ではない。彼は噛まれた指で陸奥の舌をまさぐりだす。 「ふ……ッ、んぁ、あ、……っ」 「おォ、きゅうきゅういっとるぜよ。やらしいのー」  彼のかすれた声が。愉悦に歪む。  拒む心をよそに陸奥の体は快楽の果てを望んでいた。叩き込まれる快楽に爪先がぐっと丸まり、限界を察した坂本がふいに目元をやわらげる。見たこともない顔をしていた。 「おんしゃあこれでえい」 「い、ぁ……ッ」 「嫉妬しろ。執着しろ。女を見せとうせ」  もう駄目だと訴えるつもりがほとんど悲鳴だった。重たい痺れが背筋まで這い上がり、陸奥はたまらず体をしならせる。擦り付けるように奥を穿たれてそのまま気をやった。酸欠と絶頂とでくらくらした。  大丈夫かと坂本が笑う。  大丈夫じゃない。陸奥は目を閉じる。 「ほうか、でもまだじゃ、陸奥」 「――坂」 「わしゃァまだいっちょらん、ほれに」  気が収まらん、と勝手なことを言う。どこかやぶれかぶれになっているようにも見えた。  執着しろと言った分だけの坂本の執着が突き刺さる。陸奥は女などいらぬと言い、もしかしたらこの男は傷ついたのかもしれない。かわりに笑っていると思うと納得できる気もした。けれど相容れるとはとても思えず、痛いほどの波に翻弄されながら間違っても腕を回すような真似はしなかった。
初期から坂本腹黒説はわりと流行ってたと思うんですけどこんな振り切ったもの書けたか?と思ったら拍手でリクエストいただいたドSもっさん裏とあってなるほどとなりました。そうなるとぬるく見えるミステリー

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