つじつま合わせと無彩色
休みの前をいいことに昨晩やかましい同僚の酒に散々付き合わされ、重たい頭でようやく起床した時にはすでに昼を過ぎていた。
スマートフォンを見ると大量の通知がたまっている。緊急のコールがないことだけを確認し、残りは全部後で片付けようと画面を消して端末を放り投げた。ひとまず頭を起こすべきと判断して布団から抜ける。背後でスマートフォンの震える音が聞こえて、今日に限ってやけに騒がしい、と相澤は首を鳴らした。
顔を洗った戻りに冷蔵庫からゼリー飲料を取り出し、手軽に腹を満たしながらようやく通知の中身を確認していく。ついでにテレビをつけると聞き覚えのある単語が一気に耳に入ってきて相澤の手が止まった。
耳馴染みのある地名。ヴィラン襲撃。居合わせたプロヒーロー。傑物学園高校教師。
スマートフォンの通知はそのほとんどが着信であった。マイク、事務所で世話になった同業者、顔見知りの彼女の同僚のもの、何をどう汲んだのかはわからないが緑谷の番号まであった。
一息に目が覚めた。飲みきったゼリーの残骸を捨てて、冷静を言い聞かせながら着替えに向かう。冷静を努めながらリダイヤルをかける。その背をアナウンサーの事務的な声が追う。
負傷者六名、うち一名プロヒーロー、ミス・ジョーク。
病院に搬送。意識不明の重体。
***
彼女はぴんぴんしていた。
「ようイレイザー! 思ったより早かったな、ていうかもっと取り乱して駆け込んでくるかと思ったのにツレないなー!」
頭に包帯を巻き付けた彼女はベッドの上で普段通りに笑っている。普段通りにやかましい。個室を充てがわれたのはこの騒がしさのせいでは、と相澤は本気で思案する。
「うるさい。そもそも俺が聞いたのはおまえが意識不明だって話だ、何で起きてる」
「ひっでえ! 打ちどころが悪かっただけだよ、メディアってのはいちいち大袈裟だよな」
「テレビで見た時は血だらけだったぞ」
「返り血だって」
一緒に応戦したやつが容赦なくて、と彼女は他人事のように笑っている。相澤は息を吐いた。想定していたよりも長い溜息だった。強張っていた肩からようやく力が抜け、寝不足の日のような足取りで彼女に近寄る。
「現場で緊張感ないのどうにかしろ」
「仕方ないだろ、個性柄」
「そういう問題じゃない」
「問題って——イレイザー?」
鬱陶しげに包帯を弄る彼女の手を取り、何、と問う声を無視して体温の低いからだを引き寄せる。あまり慣れぬ香りが彼女の髪から漂って思わず鼻白んだ。彼女が身を捩らせたことでベッドが小さく軋んで、それでも離さぬ相澤に福門がどうしたと訊く。どうもこうもない。
「重体ってのは何の冗談だ」
「私に聞くなって」
「俺が取り乱してないって?」
「最高のポーカーフェイスだよな」
なけなしの軽口を叩く、それもやがて役割をなくした。髪に頬を寄せたまま黙っていると彼女も珍しく沈黙のままで、居心地の良いような悪いような中途半端な空気を持て余す。言いたいことはいくらでもあったが似合わぬことも知っていて、飲み込んだ言葉のかわりに、なんか、と彼女のほうが口を開いた。
「おまえって、意外と私のこと好きなんだな」
言うに事欠いてこの台詞である。
相澤は落胆した。心配かけたかと彼女が問うのでうるさいと撥ね付けて、口とは裏腹に身を預けきらぬ彼女を引き寄せる。
「あのさあ」
「なんだ」
「私一応プロだし、そんなに心配されてちゃ立場ないんだけど」
「それらしいプライドがあるなら軽率に搬送されてんじゃねえ」
「ははは」
容赦ねえなと笑う彼女が腕を伸ばして相澤の背を叩く。悪かったよ心配かけて。軽やかに発される言葉は相変わらず深刻味のかけらもなく、それが彼女らしくもあって少々腹立たしい。
「無駄な時間をとらせるな」
「私に言うなって」
「本当に何ともないんだな」
「うん」
「意外とってのは今度撤回させてやる」
「うん、……は?」
顔を上げようとする彼女の頭を押さえて肩口に押し付ける。くるしい、と福門が文句をくぐもらせたが相澤は取り合わず、包帯にほつれた髪を指先でなおした。まっさらな包帯がどうにも彼女の色合いにそぐわない。浅葱色の髪には鮮やかに靡く橙がしっくりくる、とこれは死んでも口にしてやるものかと眉を顰め、相澤はかわりに深い息を吐いた。
(2018/08/12)