ワーカホリック・ホリデイ
休みかと訊いたところ休みだと返ってきたので、休みだと思い込んで部屋を訪ねたものの部屋の主は休んでいなかった。
質素な部屋にキーボードの無機質な音が響く。休みに仕事って、と呆れてあしらわれ、仕事以外の趣味持てとからかってあしらわれ、やがて福門も相澤をパソコンから引き剥がす作業に飽きた。彼が背もたれ代わりにしているソファに転がってテレビを点ける。文句は言われなかったが一応ボリュームは絞った。
「なあ、新聞ないの」
「ポスト」
「えー、取りにいくの面倒くさ」
結局スマートフォンでテレビ欄を確認した。日曜の昼と夕方のあいだ、中途半端な時間帯では中途半端な層をターゲットにした中途半端なバラエティの再放送ばかりで、福門は早々に諦めて報道番組にチャンネルを合わせる。
「ゲームのひとつくらいあってもいいと思うんだよなあ、暇じゃない?」
「見てわからんか、忙しい」
「はいはい——うわ、うわちょっと見ろよ、私の教え子!」
「聞いてんのか」
あまり聞いていなかった。お互い様だ。
カメラの端でヴィランを警察に引き渡す教え子の姿を眺めながら、こどもの成長は早いなと感慨に耽る。身じろいだ拍子に膝が彼の頭にぶつかって睨まれた。無言の苦情に悪い悪いと笑ってその頭をわしわし撫でる。
「謝るならもっとそれらしく謝れ」
「謝ってるって、髪切んないの?」
「切らない」
やめろと呻いた相澤が福門の手を捕らえ、払われるかと思いきや掴まれたまま妙な間が空いた。指先だけの接触。彼がそうしないのならと手を絡めてやろうかと思ったが少々癪でやめた。するりと彼の手から逃れて欠伸を噛み締める。
「おまえ呑気でいいな」
「いやもうめちゃくちゃに眠いよ」
退屈なんだよ、と勝手に居座っている手前さすがにその言葉は飲み込んで、福門は今週のチャートを映すテレビを消した。
「終わったら起こして」
「正気か? そこで寝るな」
「え、なに、襲う?」
「かもな」
すんと鼻を鳴らす彼の声はまるきりそれらしく聞こえない。また心にもないことを、と茶化してもよかったが彼の機嫌によっては返り討ちに遭うことも知っているので黙っておいた。
相澤はそのまま仕事に戻っていく。軽やかなキーボードの音、間延びした秒針の音、一度目を閉じるともう駄目だった。彼は忙しくて自分は眠くて、それでは何の問題もないのでは、とふわつく意識に言い訳をする。
***
ソファの軋む音で目が覚めた。
睡魔のしつこい瞼を押し上げると眼前に彼の手が置かれていて、うろと視線を持ち上げると面白くなさそうな顔をしている相澤と目が合った。さすがにうたた寝は機嫌を損ねたか。テレビ脇の時計を見て一時間近く寝ていたことを確認し、けれど思えば面白くなさそうな顔などいつものことである。おはようと取りなすと彼はやはり面白くなさそうに息を吐いた。
「おまえ何しにきたんだよ」
「あー、休みだって言うから来たらだれも休んでなかった」
「暇なやつだな」
「それ言う?」
野暮だなと笑うと素っ気ない口ぶりとは裏腹にかさついた指が頬を滑る。髪を払う彼の指先が耳をかすめ、福門はくすぐったいと肩を揺らした。
「本気で寝るやつがあるか」
「平和で何よりじゃんか、緊急の出動要請もなし、ていうか宿題は終わったのかよ」
「終わったよ」
重たげな所作でソファに乗り上げた相澤がそのまま覆い被さってくる。福門の足を追いやるように膝の置く隙間を探り、狭いと文句を言いながら肩口に懐いてくるので福門は可笑しい。
「一年生受け持ちは大変だな」
「問題児ばかりだ」
「笑うとストレス発散になるらしいぜ」
「へえ」
興味がないと言わんばかりである。ハグでもいいけどと冷やかすと顔を上げた相澤にくちびるを吸われた。余程疲れているな、とおとなしく目を伏せて、髪に触れる彼の手つきが似合わぬほど優しいものだから思わず笑いそうになる。
「何笑ってる」
「べーつーにー」
けらけら笑う口にいよいよ噛みつかれ、潜り込む舌を噛むとさらに深く塞ぎこまれた。鼻から声が抜けて思考がふわつく。纏わりつく彼の舌が熱く、縋りついた彼のからだもとうに熱い。つられて自分のからだも熱を持つ。もぞと動いた相澤の手が衣服を探り出し、さすがにこの時間帯はと福門は顔を引かせた。
「ん、待……って、相澤」
「なんだよ」
「時間が」
「それがどうした」
「笑点……」
「おまえほんといい度胸してるな」
諦めろと再び口をふさがれてあっけなく篭絡される。せっかく仕事が片付いたというのに忙しい男である。ゆっくりしろと提言したところでどうせ合理性がどうのと言い出すに違いなく、合理性と言われてもな、と勝手に面白がって福門は目を閉じる。
(2018/08/04)
こういうイチャつかせづらいカプは最初のほうに密着度高い話書いとくとあとが楽という謎の経験則から生まれた話でした。楽にはなった。