チャイルドスタイル
 先に帰っててと言う彼女と現場で別れ、近場のダイナーで夕食を済ませている間に気が変わった。どうせつまらぬ残業をしている彼女ごと帰ろうと決めて、ジェーンは職場に戻る。十中八九彼女は駄々をこねるだろうが丸め込む自信はあった。  ジェーンを乗せたエレベータが通い慣れたフロアに到着する。  扉が開いてジェーンはおっとと声を零した。人気のないオフィスを背に、目的の人物がエレベータを待っている。待っていたエレベータから帰らせたはずの恋人が出てきた彼女の反応もおおむねジェーンと同じものであった。 「ジェーン! どうしてここに」 「やっぱり君と一緒に帰ろうと思って。残業は済んだの」 「済んでない」  憮然とした表情のリズボンは現場で別れた時とは異なる出で立ちである。片付かなかった仕事に不機嫌ではあるが、その感情の片隅に気まずさを見つけてジェーンはぴんときた。なるほど、それで先に帰れだなんて。 「デート? 僕に黙って?」 「ジェーン」 「さしずめ……ああ、あいつだ。あの地元警官。君に頼まれた資料を一時間で揃えたとか恩着せがましくしてたやつ」 「協力してくれたのよ。おかげで捜査も捗った」 「僕はいつも君に協力してる」  リズボンの後ろで迷惑そうにしている同僚が見えたので、ジェーンは仕方なくエレベータから降りてそれを譲ってやった。リズボンは困ったような顔をしながら、そういう問題じゃない、と愚痴る。 「断るに断れないじゃない。今回も地元警察にはかなり迷惑かけたし」 「迷惑かけたのは僕だろ。僕が行くほうが筋が通ってる」 「あなたに筋がどうこうとか言われたくない」  ばっさり切り捨てたリズボンが改めてエレベータのボタンを押した。いえてる、と表面上では同意しながらジェーンは慌てる。いつまでもジェーンが食い下がるので強行突破に出たらしい。彼女はこういうとき実にせっかちである。 「僕のこと面倒だと思ってるだろ」 「そうね、ざっと十年くらい」  だめだ。負ける。ジェーンは口を閉ざした。  ろくな反論もできないまま、エレベータのランプは順調に上昇している。嘘も誤魔化しもハッタリもずっと得意で、けれど結局彼女にはいつもばれて怒られていつしか必要もなくなった。そうやって面倒がられた十年を経てやっとこの関係を手に入れたというのに、あっけなく他の男とのディナーに負けるだなんて。 「終わり?」  一方の彼女はなぜか勝ち誇っている。 「……行ってほしくない」 「子供じゃないんだから」 「子供じゃないから嫌なんだ」 「すぐに切り上げて帰るわ。大きい子供いるし」  時折ジェーンの優位に立つと彼女はいつも楽しげで、今ではそこに少しの甘やかさもあってなんというか可愛い。そうやってジェーンの男心をくすぐっておきながら他所の男とデートだなんて卑怯にもほどがある。  ちょうどそこに軽やな音を鳴らしてエレベータが到着し、乗り込むリズボンの腕を取ってジェーンも一緒に乗り込んだ。後ろ手にボタンを押して扉を閉じ、そのまま狭い壁に押しつけるようにキスをする。ここは職場だと訴える口を遠慮なく吸って黙らせた。途中でふつりと抵抗をやめたリズボンはキスの熱につられたというより諦観の様子である。 「ジェーン」 「子供って僕のこと?」 「そうね。やきもちに可愛げがないけど」  リズボンは溜息をつくと、呆れたように笑ってジェーンの頬をつねった。痛いよ、と大袈裟な表情をつくるジェーンに今度は彼女からキスをする。触れるだけの愛らしいキス。唇を離したとほぼ同時、エレベータがちんと鳴って一階への到着を告げた。 「いい子で待ってて」  リズボンが微笑む。完敗である。 「待つのはいいけど君が帰ってきたあといい子でいられる自信はないよ」 「はいはい」  あしらわれながらも彼女をエレベータの外へエスコートする。外で車が待っているというので建物を出るまでとわがままを取り付けながら、ぎりぎり相手が見えるくらいまでは粘ろうとジェーンは小さな手を握りしめた。
(2017/05/06)
2016年煩悩納めの予定だったそうです。半年経ってんじゃねえか。テーマはやきもちでした。

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