徒し心のほんとう
タルホの存在を機械的に感知したドアが機械的に開き、当然のように室内に踏み入ると部屋の主と目が合った。ベッドに横たわるホランドはタルホを見るなり露骨に溜め息をつく。
ドアもドアだがこの男もなかなかどうして情緒を知らない。なんなの、とタルホは眉を顰める。
「仮にも自分の女見て溜め息はないんじゃないの」
「仮にもってなんだよ……」
そう言うのならそっちの態度こそ何なのだ。
タルホはふんと鼻を鳴らしてベッドのふちに腰掛けた。寝転がるホランドを見下ろしてわざわざ愉快とは程遠い記憶を引っ張りだす。
「ほんと、似てない兄弟」
「ああ?」
不機嫌そうに片眉を持ち上げる男をちらと見やって、あの人なら、とタルホはわざと名を出さずに挑発した。
「あの人ならいくら疲れててもあたしのこと邪険になんてしなかったわよ」
「……してねえだろ、別に」
「どうだか」
むきになった様子のホランドにタルホは内心でほくそ笑む。まんまと釣られている。タルホは芝居がかった仕草で腕を伸ばして、たった今自分が入ってきた扉にゆっくりと手を差し延べた。
「教えてあげる。こうやってあたしに手を差し出して」
「……おい」
「で、笑いかけるの。おや、どうかしたのかい。おいで、私のタルホ——」
「おい」
彼の声はすでにわかりやすく不機嫌である。
素直に口を閉ざすと彼の腕が伸びてきた。見えぬ誰か、あるいはいつかのタルホ自身に差しのべる手を、ホランドの乱雑な手が絡めとる。
「やめろ」
そのまま強く引かれて、タルホは彼に覆い被さるようにベッドに手をついた。色だけはよく似ている、蒼い瞳が下からタルホを睨めつける。睨めつけるというか、おそらく不機嫌にタルホを見ているだけだが、元来持ちうる目許の険がいらぬ物騒まで添えている。
そういうところはまるで似ていない。深い瞳の狡猾さは実は似ているのに、それをどう取り繕うか、あるいは開き直って取り繕わないか、そういうところがこの兄弟は似ていないのだ。
「妬いちゃった?」
「うっせ」
そのままけだるげな腕が腰に回される。消極的な拘束に、けれどタルホは、彼の独占欲をまんまと引きずり出してすっかり気分がいい。
「安心してよ。別にあんたにこんなもの求めちゃいないから」
「そうじゃねえよ。つーか求められても困る」
「おれの前であの男の話はするな、とか?」
「それもあるけどな」
あら素直、とタルホは驚く。それが果たして、タルホの口からあの男の話題が出ることへの嫉妬か、単にあの男の話題そのものへの不快感か、どちらが本音かは判断しかねるが。あるいは両方か。
「大体お前だっておれが写真見てるだけで機嫌悪くするじゃねえか」
「なに威張ってるわけ」
どうやら前者らしかった。
ホランドはしらっとした顔をしてタルホの頭に手を添える。かと思うと絡みついていた腕がタルホの腰を引き寄せ、そのまま、ぐいと力任せにタルホをベッドに組み敷いた。
頭がやさしく枕に沈められる。横暴とさえいえる行為に、それで、とタルホは懸命に笑いを堪えている。
「なあに」
「……そんな胡散臭ェ台詞は生憎持ち合わせてねえが」
「でしょうね」
「お前なら、おれの、お前が戻ってくるまで起きてたっていう、そういうのもわかんだろ」
タルホはとうとう笑い出した。
何を威張っているのだ、と呆れる。不器用もここまでくるとある種の武器だ。口下手なんだから察しろと居直る彼は可愛げの欠片もなく、そのくせ好意や執着はあけすけなのだからややこしい男である。
「ほんと素直じゃないんだから」
「お互いさまだろ」
これを可愛いと思ってしまうあたり自分も大概だ。
不器用なりに降ってきたキスは普段より優しく、かの人を倣うようでかえって余裕のなさを浮き彫りにしていた。タルホは逞しい首に両腕を絡ませて、もう一度、と笑いながら彼とのキスをねだる。
(2013/07/14)