シンセリティ・ジョーク
 硬い紙を捲るとそこに並んでいた文字がじわりじわりとほどけ出す。ソファに寝そべったまま頬杖をついて、侑子はそれをしどけなく眺めていた。  見知らぬ字面が徐々に判別を可能とする字面として並び始めていく。果たして文字が物理的に形を変えているのか、あるいは脳がそう解釈しているだけなのか、実際のところ侑子はこの、解読、の仕組みをわかっていない。  あの男はそれすら理解るのだろうか。  とはいえ仮にそうだとして、どうせろくな答えを寄越さないに決まっている。からかっているのかと勘繰りたくなるほど抽象的な言葉でしか、あの男は物事の本質を語ろうとしない。  これだから、と仏頂面でページを睨む。  これだから、あの、陰険メガネ。 「侑子、お茶が入ったよ」  くわえてこの間の悪さである。  両手にカップを持って佇むクロウは相変わらず毒気のない笑みを浮かべている。それさえ癇に障るようで、侑子は手前勝手な理屈で眼前の男を睨みつけた。 「ああ、不機嫌?」 「ああじゃないわよ。腹立つわね、相変わらず」  動じもしないのが余計に腹立たしい。  馬鹿らしくなって侑子は身を起こした。こうなっては解読を続ける気も失せてしまい、書物を閉じて傍らのローテーブルに放る。空いたスペースには当然のようにクロウが収まった。 「あまりはかどってないようだね」 「ええまあ」  差し出されたカップを受けとりながら侑子は捨鉢に応じる。そのままカップに口をつけてちらと横に視線を流すが、クロウはやはり穏やかな表情のままで、むしろどこか可笑しそうにしている。張り合いのない、と侑子はいっそう面白くない。 「貴方のやってることのほうがよっぽどムツカシイんでしょうけど」 「そうかな。関係ないよ、難しさは」 「どうせあたしには活字の解読なんて向いてないわよ」 「うん、そっちのほうが近いかもしれない」  何がだ。  出会った頃からまるで変わらぬのらくらとした受け答えに鼻白みながら、けれどそんな会話でも少しずつ彼の言わんとすることを汲めるようになっている自分が悲しい。侑子は腹立たしさから次は諦観を噛み締めて、熱めの紅茶を口にふくむ。 「手伝おうか」 「アラ優しい」 「私は侑子にはいつもやさしい」 「献身的ね」 「紳士的と言ってほしいな」  無感動にとんとんと言葉を並べて、実のない応酬を繰り広げる。少なくとも紳士はうそ寒いのでやめてほしい。  じゃあ靴でもなめてもらおうかしら、とふざけると、クロウは過激だねとゆるやかに笑った。 「でも侑子がやれって言うなら、やると思うけど」 「それは何、忠義? 下心?」 「愛だよ、愛」  しれっと言われて突っかかる気も起きない。侑子は肩をすくめて薄っぺらく笑みを刷く。 「貴方の愛ほどムツカシイものもないわ」  というか重い、と彼の言う愛を突っぱねて、クロウの笑い声に滲む苦味も勝手に無視をした。
(2013/07/14)

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