スコアレスドローのやがて
 すきだって言ったら、と速水は彼の表情を窺う。  スコープ越しの千葉は無表情である。 「千葉、困る?」  数秒ほど間が空いた。  彼は練習用のバルーンをいざ撃ち抜くというところで、そのポーズのまま、おそらく速水の言葉をたっぷりと吟味してから結局引き金を引くことなく得物を下ろした。なんだって、と冷静な切り返しを口にする。 「それってびっくりしてるの」 「それはもうすごく」 「すきだって言ったら困るかって訊いた」 「……聞き間違いじゃなかった」  まったくもってデリカシーがない。動揺して慌てて誤射するくらいしたらどうだ、と速水のほうがよっぽど発砲してやりたかった。 「困りはしないけど」  しかし誤射の様子はない。  千葉は人差し指で目元をとんとんとやり、その指先を速水に向けた。速水に、というより速水の覗き込むスコープである。気障っぽい。 「物騒すぎて何とも」  速水はしぶしぶライフルを下ろした。 「なら次はハンドガンにする」 「そういう話?」 「じゃあナイフ」 「丸腰って選択肢をぜひ」  下ろしたライフルを構え直し、標的を千葉から移してスコープを覗く。遠く離れたバルーン。照準を定め、いざ、というところで狙っていたバルーンが破裂した。ばちん、と速水の集中も途切れる。 「あ、悪ィ」 「天然、いやがらせ、宣戦布告」 「どれも違うけど、あの、宣戦布告って何の」  さあ、と適当に応じる。青春のあれこれ、と思い付いたことをそのまま口にすると難しい顔をされた。大喜利なんて物理よりも苦手だ。 「何でもない。冗談言う練習してるだけ」 「苦労してんなあ、速水」 「ほっといて」  千葉は飄々とした顔でハンドガンのマガジンを外している。仕事人と一纏めにされ始めた頃と比べるとずいぶん進歩した、と速水は感慨深い。当時の二人きりの空間なんて悲惨すぎていまだ笑い話にもならない。  それにしても新鮮な光景だ。彼はハンドガンよりもライフルを構えているほうがしっくりくる。 「じゃさっきのも練習?」 「何が? ナイフ?」 「速水さんハイセンス」 「撃つわよ」  銃口のかわりに銃を模した右手を向ける。千葉は律儀にも両手を上げていた。右手に銃身、左手に弾倉。実物を持ちながら偽物の銃に降参する彼は、ジョーク、と皮肉みたいなことを口にする。 「ナイフじゃなくて、その前の」 「ハンドガン」 「違う。一番最初のやつ」  一番最初の、とくれば記憶にあるのはマッハ30の標的に比べればのくだりだが、そこまで揚げ足を取るのも気が引けた。さすがにくどい。  速水は右手を下ろしてバルーンを眺める。遠巻きににやつくターゲットはゆらゆらと呑気に揺れていた。 「すきだって言ったら?」 「それ」  短く応じた彼の声はいささか掠れているようにも聞こえる。微量の緊張感。つられて速水の体温もすこしばかり上昇する。 「千葉は冗談に聞こえたわけ、あれ」 「ライフルさえなけりゃ、っていうのはある」 「——ああそう」 「ていうのは冗談で」  なんだか妙にむず痒い。そこにあるのは間違いなく核心であるはずなのに、互いに何でもないふりをして触れるべきか手を引くべきか探っている。思春期真っ只中の駆け引きだなんてイリーナにも教わっていない。表情筋が硬いことにこれほど感謝する日がくるとは思わなかった。 「速水はああいう冗談は言わない」 「ライフルは?」 「照れかくし」 「……ふうん」 「そういうときは図星って言うんだ」  千葉は口許だけで笑った。きっと優しい笑みなのだろうけど、速水のすきな笑い方だけれど、決まりが悪くて物騒な顔つきになった。バルーンを睨み付ける。 「速水」  睨んでいた隣のバルーンが破裂した。速水は剣呑な目付きのまま千葉に視線を移す。  彼は速水を見ていない。まっすぐ、速水からは見えぬ正確な眼差しで獲物を見据えている。 「地球が爆発しなかったら俺が言うよ」 「何を」 「青春のあれこれ」  ぱん、と乾いた音。彼が狂いなくターゲットを撃ち抜いた音だ。  この目で確認するまでもない。速水は千葉の腕も言葉もその心も信じている。今のところは相棒として。 「……丸腰で?」 「丸腰で」  千葉が笑う。おそらく目が合った。したたかで、もしかしたら少し悪戯気を孕んだ瞳と。  速水の鼓動がひとつ跳ねる。 「じゃあ、待ってる」  高鳴る、と表現するにはいささか癪である。大袈裟な鼓動には気づかぬふりをして、千葉にはなんでもないふりをして、速水はスコープを覗き込む。
(2015/06/06)
会話文のキレが悪いのは会話文弾ませないよう意識した結果弾みもしないし初々しくもならないしみたいな中途半端な具合になったためです。その後卒アルで超絶仲良しだったのを思うと別に弾んでてもよかったのかもしれない。

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