Slyly Slang
自身のそれよりずっと力強く、大きくて骨張った掌は、しかしどうにも不器用でいけない。
頬に落ちてきた髪を耳にかけながら、彼の目元を覆うたくましい腕をたどり、無骨な指に触れる。自身のそれとは明らかにサイズの異なる手を取ると、位置のずれた腕の下から気難しい寝顔が現れた。寝る時くらいどうにかならないのかしら、と皺の寄る眉間に指を添える。
ソファで雑誌を捲っていたタルホに、膝貸せとどかどか寄ってきたホランドが許可もなく転がり、身勝手にそのまま寝入ってしまって十分ほど経つ。
こちらの文句もろくに聞かず、別段甘えるでもなく、そのくせタルホの傍を望むホランドの真意がわからない。わからないが考えるのも面倒で、面倒な男、というところで落ち着いた。
どうせ腹の底でも面倒な感情がぐるぐる渦巻いているのだろう。
険しい寝顔が何よりの証拠と言えた。
「ただでさえ人相よくないのに、アンタ」
指先で皺を伸ばすようにすると、寝苦しそうな顔をして余計に皺が寄ってしまった。んん、と呻く声にすら険が滲んでいて笑ってしまう。
「またレントンとぶつかったんでしょ」
眉間を諦めて鼻頭を摘まむ。呻き声が鼻にかかって間の抜けた声になった。勝手に膝を使われていることも忘れてタルホはだんだん面白くなってくる。
「まあ、アンタのことだからどうせ、ぶつかったというよりぶつけてきたんでしょうけどね」
いつだってスカしているふりの得意な彼は、余裕ぶって人の話を躱すばかりで基本的に手など出さない。時折度の過ぎるハップやマシュー相手にですら掴みかかることは滅多になかった。
それがあの少年を相手にした途端にこのざまだ。もちろんハップやマシューが大人ということもあるが、ではこの男はという話である。
「ホント子どもなんだから」
「…………うるせェな」
「あ、起きた」
眩しそうというべきか不機嫌そうというべきか、相変わらず眉間に皺を寄せたまま目を細めるホランドに、タルホはおはようとおどけて眼前で手を振った。
「寝てんだから静かにしろよ、お前」
「あんたこそ何偉そうに人の膝借りてんのよ」
減るもんじゃねェだろ、と悪態をつくホランドに、高いわよ、とこちらも憎まれ口を叩く。
ホランドはつまらなそうに鼻を鳴らすだけだった。起きたにも関わらず膝から退く気もないようで、だからその偉そうな態度はなんだ、とタルホは釈然としない。
黙ってしまった男の顔を覗き込む。
どさくさに紛れて再び目を閉じるホランドを見て、ああ、とタルホはぴんときた。なるほど不機嫌とも違うらしい。
「なんなの、落ち込んでるわけ? 自己嫌悪?」
「うるせェなあ」
「年甲斐もなく八つ当たりなんかしてるからでしょ。三十路前の大人とは思えないわね」
「……痛いところついてくんなよ……」
ホランドが呻く。
痛いのならやめればいいのに。
「いくらでも言うわよ。三十路になろうが四十路になろうが」
「四十路になる前に愛想つかされなきゃいいけどな」
「ほんとよね」
他人事のように応じながらタルホは我知らず溜め息をつく。愛想をつかされそうな自覚はあったのか。
「そんなこと言って、どうせ、あたしが愛想つかすなんて本気で思ってないんでしょ」
「あー、想像もつかねェ」
「そういうところが甘えよね。自覚あんの?」
「あるって」
うそつけ。
口を尖らせるとホランドの目許がわずかに緩んだ。見下ろす距離でなければタルホでさえ見逃していたであろう、ほんの少しの空気の変化。
「ほんと、お前、よくおれに愛想つかさないでいられるよな」
「はあ? つかすならとっくにつかしてるっての。あんたが不器用なのも、甘えるのが下手くそなのもとっくに知ってるわ」
額をぺちぺちと叩く。生え際についてよっぽどからかってやろうかと思ったが、この件に関しては本気で機嫌を損ねるのでやめておいた。
色素の薄い猫っ毛を掻きまぜると、本当はそうでないくせに、不機嫌を装った瞳がタルホを睨み上げる。ほらそういうところ、とタルホは笑った。
「それがアンタの甘え方なら受け止めてやるわよ。いくらでも」
「……お前、イイ女だな」
「都合の良い女?」
「違うだろ」
今度こそ少し笑ったホランドが、重たげに腕を持ち上げてタルホの髪に触れる。
無骨な指先が、さらりさらりと髪をもてあそぶ。いくら不器用だろうと、子どもじみていようと、タルホはこの感触がひどく気に入っていた。
「いい女だよ」
後頭部に回った手にくんと引き寄せられ、タルホは促されるれるままに顔を寄せる。
耳からこぼれた髪が頬をすべり、ホランドの頬を掠めた。邪魔だ。けれど男は何も言わない。
構わずに口づけを交わす。かさついた感触が、いつも不思議とくすぐったかった。
「……だったらもっと大事にしてほしいものね」
「してんだろ」
「エウレカの次に?」
「あのな……」
こぼれた髪を掬いながら、ホランドが半眼になって嘆息する。
「意味が違うだろ。あいつらと、お前とじゃ」
曖昧な弁解はやはり下手くそで、けれど彼なりにまっすぐで、タルホは仕方なくほだされてやった。しょうがないわね、と彼の前髪を掻き上げる。
「そういうことにしといてあげるわ」
ホランドの指が掬った髪を再び耳にかけ、今いちどとタルホの頭を引き寄せる。
ずるいはぐらかし方ばかりどこで覚えたのだろう。タルホは胸中で毒づきながら、諦めて促されるままに唇を触れさせた。