終電アウト反省文(お題:しあわせそうなミツ木々)
 さらと肌をくすぐる感触で目を覚ました。  目蓋を持ち上げるとやわらかい陽光がカーテン越しに室内を照らし、うつらと沈みかかる意識をゆるゆる引き上げる。じかに触れる体温。視線を落とすと優しく光を弾くブロンドが視界に入って、ミツヒデはそろりとその髪に触れた。 「……おはよう」 「おはよう」  すこし掠れた声がくぐもって耳に届く。木々は胸元に頭を押し付けたまま、顔を上げずに何時かと問うた。吐息が直接肌にあたってくすぐったい。 「七時前だな……、今起きたのか?」 「あんたが起きる少し前」 「寝るのは木々が先だったろ、順当だ」 「──寝顔」  見た、と彼女が少々ばつの悪そうな声で訊く。見た、とミツヒデは笑いをこらえながら応じた。可愛かったなどとはさすがに口にはできない。 「寝起きの顔も見たいって言ったら怒るか」 「寝言を聞いたことにする」 「起きてるって」  くしけずる髪がするりと落ちてシーツに散る。名残惜しさに再び掬って指先に絡め、滑らかな感触をたのしんでいると木々が肩を震わせてくすぐったいと訴えた。顔は見せてくれない、髪に触れることも嫌ときた。ミツヒデは笑いながらてのひらで彼女の頬を辿る。 「顔がみたい、木々」  こちらだって聞いてほしいわがままくらいある。  数秒の沈黙、上向かせる動きに抵抗を見せた彼女はやがて、ほだされるように胸元から顔を上げた。 「……間抜け面」 「間抜けにもなる」 「やすい男だね、あんたも」  眩しそうに細められた瞳がどこかあどけない。  彼女の目元にこぼれてきた髪を払って、わかってないなとミツヒデは鷹揚に笑った。緩みきった自身の表情くらいは自覚しているが取り繕う気にもならない。上機嫌なミツヒデに何を言っても無駄と判断したか、木々は息を吐いて再び顔を伏せてしまう。 「あ、こら」 「もういいでしょ、見せた」 「そう照れなくたって──痛っ!」  向こう脛を蹴られた。窮屈な体勢から繰り出されたとは到底思えぬ力である。加減をしろと呻きながら、ミツヒデはそれでも背を向けようとしない彼女に腕を回す。 「……起きるか?」 「この腕何」 「もう少し寝るだろっていう」 「回りくどい」 「お互いさまだ」  毒づくだけ毒づいて腕を振りほどかないのだから彼女も大概だ。眠ろうとほつれた髪に唇を寄せて、気障だと尚も手厳しい彼女の言葉に苦笑しながら、ミツヒデは焦がれた体温を引き寄せた。
わたし「終電だめだったらなんでも書きます」
明日は雨だし
 鈍い風の音がする。  月を覆う雲はまるで水気を含んだかのように重たい。じっとりと湿気を含んだ空気が思ったよりも不快で、降りそう、と木々は窓を閉じながら零した。寝台に腰かけているミツヒデがやっぱりと気のないふうに応じる。振り向くとシャツを木々に奪われた男が腹のあたりに覚えのない傷を発見して首をかしげていた。過去白雪を赤面させるという偉業を成した半身であるが、まったくもって不本意だが、たしかにいい体をしている。 「あんたいつ天気読めるようになったの」 「いやオビだよ、オビ」  降るらしい、と根拠はないくせに妙に説得力のある言葉である。あの男が言うのなら降るのだろう、と木々も深くは追及しなかった。 「風も出てきた」 「下手すると荒れそうだな。明日はおとなしくしてたほうがいいか」  呑気に笑う彼の隣に腰掛け、おとなしく、と可笑しがって彼の言葉を繰り返す。ついと目を細めたミツヒデがだって雨だろうと尤もらしい言い訳をくれた。穏やかな双眸にきっと彼自身も知らぬ色香を滲ませ、木々の奥底に燻る熱を炙り出す。 「せっかくの休みなのに」 「稽古場も使えないしなあ、買い出しにもいけないし」  どうする、と彼の指先が木々の髪をくしけずる。甘ったるい指先をさせたいようにさせて、木々は首を傾けて考えるふりをした。 「そうだね、仕方ないから部屋で本を読むとか」 「ああ、そういえば借りたの読んでないな」  自らシャツのボタンを外す。ひとつ。ふたつ。揺れる襟元に彼の指が触れ、それも好きにさせて木々は三つめのボタンに指をかける。 「目を通す書類もたくさんある」 「仕事か……」  肩口をたどるようにミツヒデの手がシャツを肌蹴させた。じかに触れる体温は核心に触れぬ会話が意味を成さぬことを物語っている。はらと両の肩が晒け出され、もどかしい最後のボタンはミツヒデが外した。 「休みに仕事は無粋だろ」 「たしかに」 「たまにはゆっくりしよう」  ミツヒデが顔を寄せる。目を伏せてくちづけに応じて、もったいぶるような彼の掌にあわせて袖から腕を抜く。そのまま彼の髪に指を差し込んで引き寄せた。優しい力で押し倒されて寝台に沈み、本当に降るの、と揶揄うように問うと降るさとミツヒデが低くささやいた。降るのなら仕方がない。木々は満足がって逞しい首に腕を絡めた。
台風を呼ぶ呪文が発端(こない) 元ネタはキャッスルでした。
許可が出たので(R18)
 あえかな声が薄闇に溶ける。明かりも消した室内、朧に浮かぶ白い肢体はそれでも充分に煽情的で、思わず触れるとしっとりと汗ばんだ肌に確かな熱を感じて欲情した。ひくりと震えるからだ、彼女が心許なさげに手を伸ばしてきたのでその手を取る。指を絡めて口づけをした。 「ん、ぅ……」  吐息の合間にも彼女は甘い声でミツヒデを呼ばう。その声すら奪うように唇をふさいだ。苦しげに舌を絡め、戦う身にしてはあまりに細い体を震わせて、彼女はそれでもミツヒデに応える。 「っふ……ぁ」 「木々」 「あ……!」  腰を押し付けると木々が白い喉を反らせた。美しいかんばせを快楽に歪める。ぎゅうと握りしめられた手がミツヒデを離さぬと言っていた。ミツヒデのほうこそ手放すつもりなどなかった。木々、とうわごとのように繰り返す、その声の分だけ執着が形を大きくしていく。 「ミ、ツヒデ」 「うん」 「ッぁ、う、ミツヒデ……っ」  そうして彼女のそれも同じであった。執着して執着されて、溶かされた理性が何も要らぬと匙を投げる。絡めた手をつよく握り返した。甘やかに自分を呼ぶ、彼女の声にただ浸っていたかった。
はすみが書くミツ木々への今夜のお題は『うわごとみたいに』です。 https://shindanmaker.com/447736

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