くどいくらいにすれ違う(転生)
正気、と問う声が震えていた。ばかじゃないの、繰り出す言葉は自分の情けない心を覆い隠すように棘を纏い、そうして苦く笑う彼のやさしい心を傷付ける。馬鹿なのはきっと自分のほうだった。
「うーん、一応、正気だし本気だよ」
「なんで」
「なんでって……」
理由って必要かな、とアルミンは首を傾けた。いよいよ正気とは思えない。アニは自分がどうしようもなく口下手で捻くれていて誤解されやすいことを知っている。彼の性質は真逆と言ってもいい。そんなひとが何故、とアニは彼の愚直さがもどかしい。
「君なら僕の気持ちもわかってると思ってたんだけど」
「アルミン」
「伝わってないならもう一度言おうか、アニ、僕は」
「アルミン!」
聞きたくない。馬鹿みたいに真直ぐ見つめる瞳が今だけはひどく疎ましかった。
伝えて何になると言うのだ。アニは彼の思いにこたえる資格など持ち合わせていない。何もかもを忘れた気になって、なかったことにして、どうして彼に寄り添えるというのだろう。そんなことがまかり通るはずがない。許されるはずがないと、いつかの罪業がアニをなじる。
「い、らない」
「アニ」
「あんたの気持ちなんていらない、私はだって、私のせいで」
「違うよ、それは君じゃない。君の背負うものじゃない」
アルミンは噛んで含めるように言う。アニにはわからなかった。自分であって自分ではない、過去か未来かもわからぬ記憶と彼はどうやって折り合いをつけたのだろう。どうやって色々なものを許せたのだろう。
「あんたはそりゃ、頭もいいから、だけど私にはそんなの無理」
「無理でもいいから聞いて、アニ」
「うるさい、聞きたくない……」
「違うんだ、背負うとか応えるとかそういう理屈なんていいから」
言葉で、声で、アニは散々に近付くなと訴えたはずであった。踏み込むなと言外に望んだ。それなのに彼はやすやすとその防衛線を踏み越えてアニの手を取る。聞いて、とアニに訴える。
「僕は君がすきだよ。君がやさしいことも知ってる、だから全部を切り捨てろなんて言わないけど」
「アルミン」
「君の気持ちはどうなの。僕が聞きたいのはそれだけ」
ぼろと涙がこぼれた。最悪だ。
彼のブルーの双眸だけが穏やかな色をしていた。アニの涙を見届けて、そっか、と慰めるように笑う。その声と同じだけ優しい指が涙を拭ってくれた。
「ごめん」
「いいんだ、急ぎすぎた」
「ごめん、アルミン」
「謝らないでよ、振られた気分になる」
アルミンが苦笑する。振ったとも振られたとも言えぬいちばんひどい答えを返したというのに、彼は大丈夫だと言ってアニをあやすのだ。
「大丈夫、待ってるよ、アニの気持ちが追いつくまで待ってるから」
泣かないで。アルミンの言葉がやさしくアニの心に寄り添う。ありがとうだなんて到底言えやしなかった。彼の優しさも自分の本音もあまりに遠くて、ごめん、とアニは今いちど残酷なそれを口にした。
[はすみのアルアニの場合]
君の名を呼ぶ。咎めるように。これ以上は、踏み込まないで。まだ、覚悟は出来そうにない。君に近づきすぎてしまうのが、怖いから。
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まめすぎてめんどくさい
目下彼にふさわしい言葉を探すとするとアニの頭に思い浮かぶそれはただのひとつであった。けれど口にしたところで事態が悪化の一途を辿ることは明白で、アニは賢明にもその一言を長らく我慢している。
「アルミン」
蒼の視線はちらとアニを見たがそのまま通過していった。こちらの呼び掛けに思わず反応してしまうあたりが彼らしくて可愛いが、それにしたって通過されてしまってはどうしようもない。アニは息を吐いて今いちど彼の名を呼ぶ。
「アルミン」
「……」
「アルミンってば」
「……」
「はあ……」
「ちょっと、諦めないでよ」
彼の不機嫌が長引いたためしがないのは互いの性分が大きく影響している。もとより不機嫌の経験が少ないアルミンと他人の機嫌については放置がいちばんと捉えるアニである。おおむねの場合は今回のようにアニが飽きてアルミンがとりなすという逆転現象で幕を下ろしていた。
けれど今回の事案についてはさすがにアニも申し訳ないとは思っている。恋か友情かという命題は確かに昔から存在していて、それに関しては答えを出すものではないとアニは思っている。タイミングと相手の問題であって、ただ、今回はタイミングというところで双方の認識に少々ずれが生じていた。
「そもそも記念日とかとっくに忘れてたんだけど」
「なんでわざわざ傷を抉りにくるの、アニ」
「これが誕生日だったら謝るよ、でも記念日って」
「その言い方本当に傷つくから」
「女々しい」
「うわ」
言っちゃった、とアルミンが打ちひしがれる。アニも同感であった。長らく堰き止めていたその一言がついに口から零れ出てしまった。
「……僕とミカサどっちが大事なのさ」
「ミカサのほうが怖い」
「そういう話?」
そういう話、と受け流すアニへの面倒臭くなってるでしょというアルミンの指摘はおおむね正しい。素直に頷くととアルミンはえらく長い溜息をついてそっぽを向いてしまった。いくつだ。
とはいえ流石に申し訳なくなってきたアニである。ねえ、ごめん、と彼の顔を覗き込む。
「覚えてなくてごめん、でももう先約はミカサだから」
「言うと思った、君のそういうところ好きだよ」
「それ皮肉?」
返事はなかったが再度溜息が聞こえたので正しいようではある。皮肉だなんてずいぶん彼らしくない。
「アルミン」
すぐに斜めを向いてしまう頬を捕まえてこちらを向かせる。振りかと思いきや本気で拗ねている様子の双眸を見てアニは息を吐き、仕方がないのでそまま唇を寄せた。
「機嫌なおして」
ついと目を細めたアルミンが、もう少しとねだる。やはり振りだったのかもしれない。アニは諦めて彼の唇をふさいだ。
[はすみのアルアニの場合]
君の名を呼んだ。君はこちらを一瞥すると、まるで聞こえていないと言うように向こうを向いてしまった。仕方が無いから名前を繰り返す。ねぇ、怒ってる?
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寂寥
眠りのふち、輪郭のぼやけた彼女の声が、だれかの名を紡いで夜闇に溶けた。
もそとアルミンは頭を起こす。背を向けて眠る彼女の表情はわからず、先の声が夢の中に呟かれたものか、夢を名残り惜しんで呼んだ声か、身じろぎひとつしない彼女からは何ひとつ汲んでやれない。
「アニ」
呼ばうとひくと華奢な肩が震えた。息を詰める気配。起きている、とアルミンは確信する。夢うつつに名前を呼んだことも、誰の名を呼んだかも、きっと彼女自身はわかっている。けれどそれきり、アニは素知らぬふりをしてアルミンの声をなかったことにする。アルミンはやれやれとその肩に触れた。
「アニ」
わかってるよ、と静かに寄り添う。彼女はきっと泣いている。泣いていなくても泣きたいに決まっていた。アルミンが遠く馳せてもわかってやれぬ感情、それでも夢の中の誰かを呼ぶ彼女の声はあまりに寂しがって聞こえたのだ。
アニは頑なに振り向かずに息をひそめている。寝息を装うのが下手くそだ。細い体に腕を回しながら、アルミンは今いちど彼女の名前を呼んだ。
「ゆめで」
だれと逢えた、ゆるやかに問うと強張った肩がさらに縮こまる。感情ごと覆い隠そうとするその仕草が痛ましく、曝け出せぬ不器用な心を少しでもほぐしてやりたくて身を寄せる。呼ばうその声はきっと悪夢から逃れたがるものではなかったはずなのに。
「ライナー? ベルトルト?」
「や、めて」
「お父さんか、それとも、君の故郷の」
「やめて、アルミン」
絞り出された懇願は震えていた。回した手に彼女のそれが触れて、やめてと小さく繰り返す。踏み込むなと訴えているようで離すなと縋るようでもあった。ぎこちない手のひらを握り返して、アルミンは大丈夫だと笑った。
「大丈夫だよ、それは悪夢じゃない」
「あんたに何がわかるの」
「怖い夢くらいで君が泣くかな」
「悪かったね、可愛げがなくて」
「いやかわいいけど」
照れ隠しの蹴りが入ったので足ごと絡める。ひたりと体温を分け合って、できれば彼女の呵責も葛藤も分け合えたらいいのに、と夜更けの感傷に浸る。
「せっかく逢えるんだ、苦しいだけだなんて勿体ないよ」
「言うほうは簡単でいいね」
「一緒に背負ってあげたいのは山々なんだけどさ」
こればかりはとアルミンは苦笑する。わかってやることなんて到底できない。それに彼女の感情は彼女のものだ。彼らとの記憶も彼らへの思いも、きっと彼女が持っているべきなのだ。
「すぐじゃなくていいよ、君が泣かないようになったら、誰とどんな話をしたか、僕にも教えてね」
大事に仕舞っていたければそれでもいい。思い出したかのように泣いていないと虚勢を張る彼女に、わかったわかったとアルミンは笑った。
眠ろう、と鼻を啜るアニをあやす。涙の付きまとう夢を彼女が乗り越えること、そうして語られる誰かとの夢に妬かせられるくらいのいつかを願って目を閉じた。
[アルアニの場合]
君の名を呼ぶ。ぴくりとわずかに動いた身体に呼びかける。「起きて」狸寝入りはお見通し、だから。いつまでも夢の世界に浸っていないで、こちらの世界に帰ってきてよ。
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暖簾に腕押し(現パロ)
ふいと逸らされた顔はよく見えなかったが流石に不機嫌だということくらいは汲める。そのまま立ち去ってしまいそうな彼女の頬を捉え、強引に振り向かせて薄い唇を掠め取った。驚いたアニが後退るのでアルミンも詰め寄る。どさくさに紛れて抱き寄せて、啄むように口付けると渾身の力で引き剥がされて、なんなの、と冷えた声で訊かれた。
「なんなの、ていうか何してるの? 馬鹿なの?」
「馬鹿は傷つくなあ」
「アルミン」
「いや、えっと……ご機嫌取り?」
彼女がひどく見覚えのある構えを取ったのでアルミンは思わず両手を上げた。おおむねライナーやエレンの前で見かける構えである。その直後に彼らがどんなポーズを取る羽目になるかも知っている。素直に弁明をすると彼女は目を眇めて、その瞳に先の通りの言葉を滲ませて、ひんやりと無言の訴えを起こしていた。ばかなの、と。
「逆効果になるとか考えないわけ」
「逆効果だった?」
「あんたのその自信たまにへし折りたくなるんだけど」
言葉つきは物騒だが否定のないあたりが彼女らしい。アルミンは満足がって自信なんてないよと笑う。
「君のことに関してはずっと手探りなんだよ、僕」
「面倒くさいって言ってる?」
「まさか、楽しいって」
嘘ではなかった。少しずつでも彼女のことをわかっていけることが楽しい。たまにこうやって怒らせてしまうし、たまに反省するけれど、普段見せぬ顔を少しでも見られればすぐに差し引きなどゼロになる。今だってたのしい、という言葉は引っ繰り返されること請け合いなのでさすがに黙っておいた。
「逆効果だったなら謝るけど」
「あんた頭いいんじゃないの」
「うん?」
「先にそっちでしょ、ご機嫌取りのキスなんていらない」
ああ、とアルミンは得心が行く。それもそうだ、と彼女の手を取る。
「ごめんね、アニ」
「何に怒ってたかわかってんの」
「忙しくて既読すらつけなかった」
「ほんとやめて。しんだかと思った」
大袈裟な、とアルミンは笑った。けれど彼女の顔は真剣そのもので、しんだらしんだでわかるようにして、という無茶な注文すら強がりに聞こえてどうしようもない。心配したと素直に言えぬ彼女のやわらかい頬に触れて、ごめんと再度告げて不器用に揺れるその瞳を覗き込む。
「で、キスはいらないって?」
「いる」
ほんとむかつく、愛らしく毒づくその唇を今いちど塞いだ。
アルミンがアニの顎を強引に掴んで唇を奪うと軽く身体を押し戻しながら「キスよりも言葉で伝えて」と瞳を覗き込んできました。
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独りよがり
穏やかに寝息を立てる彼の顔は普段より少しあどけなく見えて、ゆうべの彼とは別人のようだ、とアニはむしろ感心してしまった。
持て余した感情をぶつけるようにアニを抱いて、彼は眠る間際にごめんと言った気がする。翻弄されつくした後だったのであまり覚えていない。それでも最中彼がひどく苦しそうだったこと、下手をすると泣きだしそうだったこと、その行為に彼が傷ついていたらしいことは知っていた。
こわい夢を見たと縋ると彼はいつも寄り添ってくれる。
忘れさせようと口付けて体温を分けてくれることもある。
ゆうべ、優しいばかりに自分みたいな人間に付け込まれる彼があまりに不憫で同情かと訊いた。
アルミンはそんな筈がないと怒って、傷ついて、そのやりきれない感情をアニにぶつけた。初めて見る顔だった。
「アルミン」
さらと指通りのいい髪に触れる。本当はこうやって、やさしいばかりの表層を引き剥がし、誰もしらぬ彼の顔を見ることで彼を捕らえたつもりになっていることをアルミンはしらない。彼を傷つけてまでアニが安心を手にしていると知ったらどう思うだろう。
「ごめん」
幻滅するだろうか。
いいや。──いいや。
「ごめんね」
きっとありったけの安心をアニにくれようとする。何が欲しいのと訊いて何が足りないのと問うだろう。彼はほんとうに優しくてひどく残酷だ。そうしてそれをわかっていながら離れられずにいる、アニは自分が誰よりも汚い卑怯者と知っている。
すきだと言いたかった。言えるはずがなかった。きっと彼はその一言ですべてを許してしまうのだ。ごめん、今いちど絞り出した声はひどくか弱く、暗い部屋に力なく消えていった。
アルアニ/昨日見た君は幻
「縋るような、飲み込んでしまいたくなるほどの甘い欲をそのまま吐き出してしまいそうになり、慌てて口を噤む」
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※前段にすれ違ったエロがあったはずだけど紛失した