Hush Little Baby
うつらと沈んで、また浮かぶ、たゆたう意識の遠くのほうに、優しい歌声をきいた。
夜はまだ深い。ベッドで彼女と散々じゃれ合って、その余韻を閉じ込めるように身を寄せ合って、心地よい気だるさが徐々に睡魔へと移ろって目を閉じたのは珍しくニュートのほうが先だった。眠い、と問うティナの声はやわく笑いを含み、眠ってしまうのも名残り惜しくて駄々をこねるように彼女に擦り寄った。しなやかな腕に抱きしめられて、そのまま眠っていたような気もするし微睡んでいただけのような気もする。ゆらゆら揺れる思考はけれど優しい旋律をたしかにとらえて、ニュートは重たい瞼を震わせた。
夜更けの静寂、ささやくような子守歌が空気をかすめて消えてゆく。
――泣かないで、ものまね鳥を買ってあげる。
ぐずる幼子をあやすフレーズをその唇にともす、彼女の歌声はいつかトランクの中で聞いたそれよりもずっと優しい。鳥が鳴かなければダイヤの指輪、指輪が光らなければきれいな鏡、きれいな鏡が割れたなら――。
「うるさい?」
ふつりとうつくしい子守歌が途切れて、遠慮がちに窺いを立てる声にニュートは鈍い瞬きをする。もっと聞いていたかった。むずがるようにティナを抱き寄せると、なあに、と彼女はくすぐったそうに笑い声を立てた。
「……やめないで」
「いやよ、改まって歌うなんてはずかしい」
ニュートの髪を指先に絡めて、子どもじゃないんだから、とティナは母親のようなことを言う。
「子守歌が必要?」
「鏡の次が気になって」
「ヤギ。満足した?」
旋律をなくすとずいぶん味気のないものである。やぎ、と呟くニュートの髪をついと引っ張って、ティナは寝ないのと鼻先を寄せた。
「ニフラーはいい子で寝たわよ」
「ニフラー?」
「この歌が気に入ったみたい」
「いい身分だな、あいつ」
彼女の子守歌などニュートでさえ夢うつつに聞くことしか叶わぬというのに。
夜闇の下、ぽつりぽつりと交わす会話が心地よくて、もうすこし浸っていたいニュートをよそに瞼はやはり重たく落ちてくる。裏切者め、と日ごろ疲労に鈍いはずの体力を詰ってニュートは彼女の細い肩口に顔をうずめた。
「僕だって気に入ったしもっと歌ってほしいけど、君きっと照れて歌わないよね」
「失礼?」
「僕のためにもう一度歌ってくれる?」
するりと伸ばした腕でニュートを包み込んで、仕方ないわね、とティナが息を吐くように笑った。やわい抱擁と深い包容。夜明けはきっとまだ遠く、眠りへといざなうやさしい歌声を恋うてニュートはそろりと目を閉じた。
はすみのニューティナへのお題は『また夢の中で会いましょう』です。
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平気で消息不明になりそう
今世紀最大の一大事だ。
ティナを泣かせた。
「――びっくりした」
「言いたいことはそれだけ?」
ぐす、と鼻を啜る彼女の瞳は涙を纏っていながらずいぶん険しい。滅多に見ぬ涙に動揺したものか大人しく怒られたものか、ニュートはひそかに混乱していた。
「あなたには関係ないかもしれないけどすごく心配したの」
「関係な――え、そんなに?」
「一ヶ月も音沙汰なかったら死んだと思うわ」
普通、と付け足されてニュートは冷静に口を閉ざした。一ヶ月くらいで、という言葉を冷静に飲み込む。かわりにごめんと一言口にすると、気丈に保たれていたはずの目元がじんわり歪んだ。
「……心配したの」
ニュートは慌ててティナの手を取った。怪我をしたと思った、事故に巻き込まれたと思った、彼女は涙声で次々不安を言い募る。
「ごめん、ティナ」
いかんせん心配されることに慣れていないのだ。振り払われそうな手を取り直して、だけどちゃんと帰ってくる、と不格好な約束をして彼女の涙を拭う。
「きみのところに帰ってくる」
ティナが表情を困らせて、ずるい、と結局顰め面を選んで身を寄せてきた。その顔だって大概ずるい。繋いだ手は今度こそ振り払われずに、ぎゅうと握り返された。
はすみのニューティナのお話は
「今世紀最大の一大事だ」で始まり「繋いだ手は今度こそ振り払われずに、きゅっと握り返された」で終わります。
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花一輪
花なんて別に好きではなかった。
というより花のひとつやふたつで女心に立ち入れると勘違いした浅はかな男のそれが好ましくなく、建前も本音も扱い慣れたクイニーはいつも笑ってその手の花束を持ち帰ったものだが、ティナはむしろ花が不憫でならなかった。綺麗なのに、と思う。綺麗なのに台無しだ。
「――って話を前にしなかった?」
「うん」
覚えてる、とニュートが縮こまる。彼の手には白い花が一輪、所在なさげにティナを窺っていた。
「でも花に罪はない」
「そうね、花には」
「その、つまり、仲直りの口実がほしかったんだ。謝るきっかけが」
ニュートの視線がずるずると落ちていく。女性の不機嫌という一種の時限爆弾を前に、彼にしては随分まっすぐな眼差しを向けてくるものだから感心していたのだが強い心は一瞬だったらしい。
ごめん、ともはや何に対するものかわからぬ謝罪が聞こえた。これはこれで花が不憫である。
「カモミール?」
「えっと、そう……気分が落ち着く」
「喧嘩売ってる?」
とんでもないと顔を上げたニュートが、僕は人を苛つかせる天才だから、と花一輪で調整を図った弁明を始める。はっきり言って逆効果だ。
「……もういいわ」
仲直りまで辿り着く気がしない。今回きりよ、とティナは息をついた。
「私も、ごめんなさい」
彼と気まずいばかりで感情がささくれつつあったティナである。かわいそうなカモミールよりも彼の手に触れて、仲直りがしたい、とようやく言えた。
はすみのニューティナのお話は
「花なんか別に好きじゃなかった」で始まり「やっと言えた」という台詞で終わります。
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