からから - 2
 誠実でやさしくて人当たりもいい。おまけに温厚で明るく、他所から見るミツヒデの評価は好印象で間違いなかった。  彼をまっすぐと表現するならいくらか歪んだオビにとって、周囲にまで安心をもたらす彼の人柄は少々興味深くもあった。到底あんな生き方はできないが、きっと生きやすいだろうな、と他人事のように羨む。  けれど彼のその性分も、あるひとつの領分においては損と言えた。  その気になればいくらでも上手く立ち回れるだろうに、端から見てそればかりが不憫でならない。 「旦那ってば誰にでも優しいからー」 「ん?」  通路の端でミツヒデを待っていたオビのところまで、メイドから差し入れを受け取ったミツヒデがようやく追い付いてきた。並んでゼンの私室へ向かいながら、オビはやれやれと大仰に肩を落とす。 「おい、言いたいことがあるならはっきり言え」 「いや、だって、そういうのもらったりして、何か思うところとかないんですか」 「え? いや、普通に嬉しいだろ」 「ですよねー」 「なんだ、さっきから」  流石に焦れた様子のミツヒデは、けれどやはり呆れるだけで苛立ちはしないのだ。こういった些細なやりとりにすら彼の人の良さが見えてオビは同情した。平等な優しさ。平等な距離感。それは見ようによっては残酷とも言える。いいのかそれで、と一種の歯痒ささえ覚える。 「旦那って、自分が誰にでも平等だから、自分に向けられてる感情も平等なものだって思ってるでしょ」 「そうか? 別にそんなつもりは」 「ちょっと惨いですよね、旦那のそれって」  何が言いたい、とミツヒデが胡乱な目をオビに向けた。わかるように話せというところだろうが、わからないものか、とオビは落胆する。  いっぽうでひとつの諦観が生まれていた。たぶん本当にわからないのだろう。そういう人種がいたっておかしくはない。その実直さが羨ましいかたわら、やはり、少しもどかしくもあり、苛立たしい。 「——そうやって誰にでも分け隔てなく優しくしてると」  オビはせいぜい何でもないように笑う。 「本命よその男に取られちゃったりしますよ」  途端にぴくりと隣の気配が強張った。  わかりやすい、とオビは空笑いする。うっかりすると彼に自覚はないのかもしれない。惨いほどに平等で、苛立たしいほどに優しくて、そんな彼の纏う空気がこの瞬間たしかに凍てついたのだ。 「……何の話だ」 「そのまんまですって」  いるでしょ本命、とさらに煽る。ちらと横目に視線をやると、彼らしからぬ剣呑な目付きで睨まれた。 「関係ないだろ」 「へーえ」  たっぷり間を取るように応じて頭の後ろで指を組む。関係ないと言い張る声がただの虚勢にしか聞こえない。  彼は彼でとても大切にしているのだ。彼女のことはもちろん、彼女との距離も、彼女との関係も。それが他と違うことなどどこから見ても明らかなのに、きっと彼女の目には特別として映らない。  ミツヒデはだれにでも優しい。  誰もが知るその優しさが、彼と彼女の感情ばかりを阻む。 「知ってます? 木々嬢ってすんごく柔らかいんですよ」  ふらふらと歩く足取り。取り留めのない話でもするように、オビは適当に笑いながら天井を仰ぐ。 「……は?」 「華奢なのに触り心地いいんですよね、唇だって薄いのにちゃんと柔らかいし、人体って不思議ですねえ」 「おい、オビ」 「あとなんか見た感じ体温低そうじゃないですか、木々嬢。声も温度低めですし、あれってこう」 「——オビ!」  ついにミツヒデの声から余裕が掻き消えた。  オビは素直に口を噤み、足を止めたミツヒデに倣ってこちらも足を止める。振り返ると想像以上に物騒な視線が突き刺さった。 「……木々に何かしたのか」 「やだなあ、人聞きわるいですよ。そんな趣味してませんて」  オビの言葉をどこまで真に受けていいものか、警戒しながら考えている様子のミツヒデに、ほんとですって、と両手を広げる。 「嫌がる相手にそんな真似しません。ていうか木々嬢相手じゃ嫌がるどころか斬られてるんじゃないですかね」  薄っぺらい言葉が自分で可笑しかった。  返り討ちに遭ってもおかしくはない。それを軽々と口にしてしまえる実力とこわさを彼女は持ち合わせているけれど、それでも自分たちのような男が本気を出せば簡単にねじ伏せてしまえるのだ。ミツヒデだってそれを知っている。相棒とうたって肩を並べる一方、実のところ彼が誰よりも彼女を女性として大事にしている。 「……本当なのか」 「あー、まあ、同情みたいなもんですけどね。慰めてもらったというか慰めてあげたというか」 「そうじゃない」 「あれ、旦那、怒ってます?」  からかうと睨まれた。わかりやすいんだから、と含むように笑って、オビは彼の惨いところを突き付ける。 「だって、関係ないんでしょ、旦那には」  口許を引き結んだミツヒデが、おそらく何らかの言葉を飲み込んだ。飲み込むんだもんな、とオビは不憫でならない。  せいぜい殴りにくるくらいできれば楽だろうに。  彼の損な性分にこればかりは同情しつつ、それでも口許は笑みのかたちに歪んだまま、オビは軽い足取りでさっさと歩きだした。
(2013/05/01)

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